☆マドンナの宝石(オーケストラ名曲・ア・ラ・カルト)
指揮:アンドルー・デイヴィス
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
(1987年6月/デジタル・セッション録音)
<東芝EMI>CC30-9062(ANGEL BEST100)
恥の多い生涯を送って来ました。
齢43を数えるまで、いったいどれほど穴があったら入りたくなるような恥ずかしい事どもを繰り返して来たか。
あれは、中学2年生の頃。
クラシック音楽を聴き始め、おまけに吉田秀和の書いた本なんか読み始めた僕は、音楽のW先生(20代後半だったろうか。なかなかきれいな女性だった)に向かって、
「マスネの『タイス』の瞑想曲やマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲とかって、通俗的で次元の低か曲ですね」
と口にしてしまったのだ。
W先生は、にこっとして、
「あたしは、好きよ。きれいか曲やもん」
と答えてくれたのだけれど、もしかしたら内心>こん、くそガキが<と唸り声を上げていたかもしれない。
今になって、じゃない、時を経ずして高校に入った頃には、己はなんて馬鹿なことを口にしてしまったのだろうと、自分自身の愚かさ浅はかさを呪ったものである。
が後の祭、後悔先に立たず、覆水盆に返らず、生兵法は大けがのもと。
いや、最後のは違うか。
まあ、それはそれとして、30年以上いろいろなクラシック音楽を聴き続けてきて思ったことは、W先生がおっしゃたように、『タイス』の瞑想曲も『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲も、確かにきれいで耳馴染みのよい曲で、聴けば必ず「ああ、いいなあ!」と感じるということだ。
ところがどっこい、気がついて周りを見れば怖い蟹、じゃない、こは如何に。
かつてあれほど録音されていた、クラシックの名曲小品と呼ばれる作品が、影も形もなくなっているではないか。
(って、ちょと大げさだね)
と言ってこれ、中2(病)の僕のようなお高くとまったスノビストが増えて、名曲小品の価値がだだ下がりに下がったというわけではなく。
レコードに変わって、長時間収録が可能となったCDが一般化するとともに、マーラーやブルックナーなんて大曲や、これまであんまり知られてこなかった秘曲珍曲が幅をきかせてくるようになったってことで。
今回とり上げる、アンドルー・デイヴィスがフィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音した『マドンナの宝石』(オーケストラ名曲ア・ラ・カルト)なぞ、それこそ名のあるオーケストラを起用して録音された名曲小品集の末尾を飾る一枚なのではないだろうか。
(そうそう、これは東芝EMIのスタッフがイギリスまで出張して録音した国内企画のアルバムで、東芝EMIからは、先頃亡くなったヴォルフガング・サヴァリッシュとバイエルン州立歌劇場管弦楽団の組み合わせで録音した同種の名曲小品集がリリースされていたし、デンオン・レーベルからは、チャールズ・グローヴズが同じフィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音した『グローヴズ卿の音楽箱』という名曲小品集が2枚リリースされていた)
お国物のエルガーの『愛のあいさつ』に始まり、スッペの喜歌劇『軽騎兵』序曲、レハールのワルツ『金と銀』、ポンキエルリの歌劇『ジョコンダ』から時の踊り、ワルトトイフェルのスケーターズ・ワルツ、ヴォルフ=フェラーリの歌劇『マドンナの宝石』間奏曲、イヴァノヴィッチのワルツ『ドナウ河のさざ波』、ボロディンの交響詩『中央アジアの沿う現にて』、ローザスのワルツ『波濤を越えて』、マスカーニの歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲(!)、エルガーの行進曲『威風堂々』第1番、そしてヘンデルの歌劇『クセルクセス』からラルゴで締めるという、若干脈絡はないけれど、オーケストラの魅力を存分に、そして気楽に味わうことのできるカップリングとなっている。
カナダのトロント交響楽団のシェフを辞し、母国イギリスに腰を落ち着けたばかりのアンドルー・デイヴィスは、そうした各々の作品の特性魅力をよくとらまえて、実に聴き心地のよい音楽を造り出しているのではないか。
フィルハーモニア管弦楽団も達者なかぎりだ。
それにしても、『ドナウ河のさざ波』や『波濤を越えて』なんて、本当に久しぶりに耳にしたなあ。
『ドナウ河のさざ波』の冒頭部分は、テレビドラマか何かのテーマ曲になっていたこともあって、よくリコーダーで吹いていたくらいなのに。
例えば、自殺したヘルベルト・ケーゲルがドレスデン・フィルを指揮して録音した同種のアルバムのような「深淵」をのぞくことは適わないが、たまには気楽な気分で音楽に親しむ時間があってもいいんじゃないか。
それこそ「深淵」ばかりのぞいていると、長年積み重ねて来た自分の恥に耐えかねて、自分の命を自分で奪ってしまうことにもなりかねないもの。
いずれにしても、音楽好きに安心してお薦めできる、愉しい一枚だ。
2013年03月05日
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