監督:中川信夫
原作:鶴屋南北
脚本:大貫正義、石川義寛
(2012年8月8日、京都文化博物館フィルムシアター)
俳優役者がいわゆるトークバラエティ番組を席捲し始めたのは、いったいいつ頃のことだったか。
黒沢年男に高橋英樹、江守徹に中尾彬、村井国夫に地井武男。
映画やドラマ、舞台で二枚目二の線をはってきた人たちが、お茶目というかなんというか、陽気で気さくな人柄を表わすようになったのは。
1985年の7月にくも膜下出血のため54歳の若さで亡くなった天知茂だって、あと10年程度長く生きてさえいれば、もしかしたら件のトークバラエティ番組でけっこう愉しいべしゃりを披歴していたかもしれない。
と、言うのも、テレビ草創期のコメディ刑事ドラマ『虎の子作戦』(日活が映画化したが別キャスト)や、地元名古屋弁をまくし立てたというテレビ版『次郎長三国志』の桶屋の鬼吉に関しては、残念ながら伝聞でしか知らないものの、亡くなる少し前に出演した『オールスター家族対抗歌合戦』での家族(うろ覚えだが、お兄さんたちも出演していたのでは)を想う天知さんの優しい笑顔が強く印象に残っているからである。
で、大ファンだった中日ドラゴンズ(何せ、天知茂の芸名は天知俊一と杉下茂によるものだ)OBの板東英二あたりとコンビを組んで『なごやか天知茂』なんてべたなタイトルのローカル・トーク番組をやっていたかも、と夢想してみたりもする。
と、あえてこんなことを書きたくなったのも、天知茂という俳優が長年「ニヒル」な人間を演じ続けたからだ。
『座頭市物語』における平手造酒、初期の『大岡越前』における神山左門、『非情のライセンス』における会田刑事(天知茂自身が歌う『昭和ブルース』がまたいい)、極めつけが土曜ワイド劇場における明智小五郎。
冷徹さと斜に構えた風、そしてときに垣間見える哀しさ。
まさしくニヒルと呼ぶにふさわしい人物ばかりではないか。
それに、天知茂の切れ長の鋭い瞳に、渋い声質もそんな役回りにぴったりだった。
そういえば、土曜ワイド劇場のシリーズにつながることとなる『黒蜥蜴』の明智小五郎役に天知茂が抜擢されたのは、これから触れる中川信夫監督の『東海道四谷怪談』での演技を三島由紀夫が高く評価したからだという。
確かに、この作品で天知茂が演じる民谷伊右衛門は素晴らしい。
発作的な感情で人を殺してしまった民谷伊右衛門が、江見俊太郎演じる直助という小悪党(余談だが、ここでの江見さんの演技には僕はそれほど感心しない。江見さんの滑稽な味わいが巧く活かされてきたのは、風貌がまるでギュンター・ヴァントのようになった晩年のことではないか)に引きずられ、ついには妻のお岩さん(若杉嘉津子)を死においやるまでに到る。
その非情さと弱さ、冷たさと哀しさを適確に演じ切っているのだから。
特に、終盤の追い詰められた民谷伊右衛門の姿には、強く惹きつけられた。
加えて、この『東海道四谷怪談』は、新東宝で、『毒婦高橋お伝』や『憲兵と幽霊』、『女吸血鬼』といった邪劇を撮影し続けていたベテラン中川信夫監督にとっても快心の一本となる。
僅か1時間15分ほどの尺の中に、鶴屋南北の原作とも通底する人間の弱さ、どろどろとした暗部を無理なく描き込んだ上に、様々な映像的表現的実験を仕掛けてもいるからだ。
翌年公開されたカルトムーヴィー『地獄』は、当然この『東海道四谷怪談』での成果を踏まえたものと言えるだろう。
出演は、ほかに北沢典子、中村竜三郎、池内淳子、大友純ら。
いずれにしても、観て損のない一本である。
そうそう、天知茂がもっと長生きしていたら、彼のセルフパロディを目にすることにもなったのではないか。
例えば、荒井注ならぬ志村けんと組んだ偽明智小五郎や偽民谷伊右衛門、左とん平ならぬ加藤茶と組んだ偽会田刑事、いずれも名古屋弁の。
いや、こう考えると、市川雷蔵と同じように、天知茂も早くに亡くなって幸せだったのかもしれない。
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