2012年07月17日

象牙の空港 第2回公演『20のアマルガム』

☆象牙の空港 第2回公演『20のアマルガム』

 作・演出:伊藤元晴
(2012年7月15日、UrBANGUILD)


 題材結構展開ともに、伊藤元晴らしい作品だなあ、と彼が主宰する象牙の空港の第2回公演『20のアマルガム』を観ながらつくづく思った。

 一人の作家が、自分の国(ニホン)の20年間の歴史をまとめ上げるように依頼され、『20のアマルガム』なる作品を完成させるも、その内容に気に入らぬ観客(自称ファン)と依頼主は、作品そのものに介入し始める…。

 というのが、『20のアマルガム』の簡単なあらましだが、伊藤君がこれまで吸収し影響を受けただろう諸々、演劇のみならず小説(例えば、安部公房や村上春樹ら)、映画の様々な要素がまさしくアマルガムの如く取り込まれ組み合わされた作品となっている。

 ありがちなエピソードの確信犯的な積み重ねを、この国のクロニクルと重ね合わせていく手法や、距離感を持った自己言及性(伊藤君の場合、8か2分の1ではなく20で、アマルコルドではなくアマルガムだが)にも好感を抱いたが、一方で尺数の不足というか、全体的に物足りなさを感じたことも事実だ。

 言い換えるならば、歴史というものを高校までの教科のように単なる出来事の記号的な記憶と信じて疑わぬ人に、「クロノス」の感覚から、近代的な歴史観(マルクスの史的唯物論とか)とその崩壊、さらにはポストモダンからポストポストモダンへの流れを、しかもオーラルヒストリーの問題や史料批判の問題を絡めつつ、詳しい注釈なしに、それでも若干の説明を加えながら一息に説き切ったという感じか。

 それならいっそのこと、ちっともわからないなりに圧倒され唖然呆然とさせられるような作品世界を構築するか、逆に、もっとわかりやすい説明を加えて観る側との擦り合わせをはかるか。
 そのいずれかの方向を選びとったほうが、よかったのではないかと思わないでもない。

 飯坂美鶴妃、福田きみどり、富永琴美、柳沢友里亜、富田正人、坂口弘樹、ジェシカ・エインゲルマンの演者陣は、伊藤君の意図によく沿う努力を重ねていたのではないか。
 個人的には、中でも女性陣の個性特性の違いが明確に表われていた点が興味深く、面白かった。

 いずれにしても、次回の公演を心待ちにしたい。
posted by figarok492na at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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