2012年04月25日

赤い天使

☆赤い天使<1966年、大映東京>

 監督:増村保造
 原作:有馬頼義
 脚本:笠原良三
(2012年4月25日、京都文化博物館フィルムシアター)


 AKB48の『上からマリコ』じゃないけれど、当人はいたって真面目も真面目、大真面目なのに、「君は本気なのか? JOKEなのか?」と激しく問い質してみたくなるような行動をとる人間がいる。
 さしずめ、『赤い…』シリーズや『スチュワーデス物語』、『少女に何が起こったか』等、いわゆる一連の大映ドラマなど、そうした本人は本気、傍から見たら狂気といった人物のオンパレードで、子供心に、何ゆえこの人たちはこうも力んで台詞を口にしているのだろうと不思議に思ったものである。

 で、こうした大映ドラマのフォーマットを造り上げた人物こそ、増村保造なのだが、彼の『赤い天使』もまた、当然の如く大映ドラマを彷彿とさせる展開内容となっていた。
 だいいち、タイトルからして『赤い…』だし、強い愛情で結ばれる上官の軍医(芦田伸介が役柄にとてもよく合っている)と従軍看護婦(若尾文子。後述)の関係には、『スチュワーデス物語』のあの二人をどうしても思い出してしまう。
 ただ、後年のドラマがあまりに行き過ぎて過剰過度過激過敏の邪劇に陥ってしまったのに対し、『赤い天使』のほうは、確かにふんぷんと邪劇臭を漂わせながらも(例えば、終盤、周囲を敵の中国軍に囲まれてからの二人のやり取りの中には、意図はわからないでもないが、やっぱりそれはないやろと突っ込みたくなるシーンがある)、極限状態のもとで、それでも、いやだからこそか、自己の感情を抑制することなくストレートに噴出させるという強い自我のあり様や、エロス(性=生)への欲求を克明に描き出すことで、人間のドラマとしてしっかりと踏み止まっているように、僕には思われた。
 一つには、主人公のあどけなさや可憐さと、情念の激しさを演じ分ける若尾文子という演技者の存在も大きかったのだろうが。
 いずれにしても、増村保造という表現者がどうして生き急がざるをえなかったかすらが感じられるような一本だった。
(どの監督でもそうだけれど、こと増村監督に関しては、単に表面的な作風を真似してみても全く意味がないと改めて思った。そんなことをしてみたところで、中身のない上っ面だけのすかすかなものにしかならないだろうから)

 それにしてもメルヘンである市川崑監督の『ビルマの竪琴』を間に挟んで、亀井文夫監督の『支那事変後方記録 上海』(残念ながら未見)と『戦ふ兵隊』、そしてこの『赤い天使』を同じ月に並べてみせた京都文化博物館フィルムシアターのプログラミングは、本当に見事だと思う。
posted by figarok492na at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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