2012年04月24日

関の弥太っぺ

☆関の弥太っぺ<1963年、東映京都>

 監督:山下耕作
 原作:長谷川伸
 脚本:成沢昌茂
 音楽:木下忠司
(2012年4月24日、京都文化博物館フィルムシアター)


 血を分けた親兄弟との別離と思慕の念。
 例えば、大村彦次郎の『時代小説盛衰史』<筑摩書房>を紐解いてもらえればわかることだが、長谷川伸の一連の作品は、自らの幼時の体験、深い心の傷が強く投影されたものとなっている。

 そして、そうした長谷川作品のエッセンスを巧みに汲み取り、新たに仕立て直したのが、山下耕作監督による『関の弥太っぺ』だ。
 生き別れた妹への想い、そしてひょんなことから命を助け、実の親類のもとへと送り届けることになった娘への想い。
 そんな主人公の関の弥太郎の強い想いを、錦ちゃんこと中村錦之助(のちの萬屋錦之助)は、たぶん彼の地である人柄のよさからくる優しく柔らかい表情や哀しみの表情、逆にしっかり造り込んだ厳しく険しい表情を見事に使い分けながら、しっかり演じ切っている。
 中でも、妹がすでに亡くなっていたと知ったときの弥太郎の慟哭には、ぐっと心を動かされた。
 加えて、この山下監督版では、弥太郎と対照的な箱田の森介(木村功が好演。そして、同時期に撮影された内田吐夢監督の『宮本武蔵』の本位田又八をどうしても思い起こす。事実、山下監督は『宮本武蔵』の助監督を務めていた)が人間の弱さ、狡さを体現することで、物語に奥行きを生み出してもいた。
 また、月形龍之介や夏川静江、安部徹、鳳八千代、岩崎加音子、坂本武、十朱幸代(個人的には、小さい頃を演じていた上木三津子のほうが達者に観えた)、沢村宗之助、砂塚秀夫といった共演陣も柄に合った演技を行っていたのではないか。
 一人、彼を狙う飯岡勢へと向かって歩いて行くラストの弥太郎の姿も強く印象に残る。

 そうそう、東映京都の作品ということのほか、木下忠司の音楽や大坂志郎(達者、と言うより達者過ぎる演技を披歴)、俳優座の武内亨の出演もあったりして、どうしても後年のナショナル時代劇を思い出してしまったことを付け加えておきたい。
 いや、まあ、東映京都の時代劇映画のフォーマットが、ナショナル時代劇に受け継がれているということなんだけど、実際のところは。

 いずれにしても、時代劇好きの人間には大いに満足のいった一本だった。
posted by figarok492na at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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