☆ショートストーリーズ(ピアノ小品集)
独奏:アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)
(1994年11月/デジタル・セッション録音)
<ドイツ・グラモフォン>447 105-2
旧ソ連出身のピアニスト、アナトール・ウゴルスキの実演に接したのは、かれこれ20年近くも前になるか。
半年間のケルン滞在中、地元WDR交響楽団の定期演奏会でブラームスのピアノ協奏曲第1番のソロを弾いたのだが(ちなみに、指揮は先年亡くなったルドルフ・バルシャイ)、その透明感を持った音色と巧みな語り口には強く心魅かれたものだ。
加えて、アンコールのドメニコ・スカルラッティのソナタも素晴らしかった。
グールド流の鍵盤に身体を近づけるようなスタイルだったか、はっきりと思い出せないのがもどかしいのだけれど、一風変わった姿勢から紡ぎ出される音楽の表情の豊かで美しいこと。
ああ、もっと彼の演奏を聴いていたいと心底思わざるをえなかった。
そんなウゴルスキの一連の録音の中で、彼の魅力特性を過不足なく知ることができるのが、今回とり上げる「ショートストーリーズ」と題されたピアノ小品集である。
(と、こう書くと、なんでそんなことを言えるんだと訝るむきもあるかもしれないが、実は前回とり上げたブラームスのピアノ協奏曲第2番同様このCDもまた、以前国内盤を所有して長い間愛聴していたのだった)
モーツァルトのジーグと『フィガロの結婚』第3幕の婚礼の場での舞踏曲を結び合わせたブゾーニのジーグ、ボレロと変奏曲を皮切りに、リストの愛の夢第3番、ドビュッシーの月の光、シューマンのトロイメライ、ショパンの幻想即興曲といった有名曲や、スクリャービン、ラフマニノフといった自家薬籠中の小品が、「ショートストーリーズ」(掌篇小説集)というタイトルに相応しい、旋律の美しさや音楽の劇性等々の作品の肝を適確にとらえた細やかで詩情豊かな演奏で再現されていく。
中でも、人生の深淵が陽性な音楽の隙間からのぞき見えるウェーバーの舞踏への勧誘が強く印象に残る。
また、メンデルスゾーンのカプリッチョやウェーバーの常動曲と、速いパッセージを聴かせ場とする作品も収められているのだけれど、ここでもテクニカルな側面より、音楽の表情をいかに素早く変化させるかという表現的な部分に演奏の主眼が置かれているように、僕には感じられた。
いずれにしても、音楽の持つ様々な表情を味わうことのできる一枚ではないか。
人生は一回きりということを日々噛み締めている人に強くお薦めしたい。
2012年03月01日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック