2011年09月25日

ミクニヤナイハラプロジェクトVol.5『前向き!タイモン』

 またぞろわかりにくいたとえで申し訳ないけれど、中堅手だれのトリオ(リヒテル、オイストラフ、ロストロポーヴィチじゃないところがミソ)によるショスタコーヴィチのピアノ3重奏曲第2番の目の醒めるような演奏を聴いたような心持ち、とでも言い表わすことができるだろうか。
 ぶんげいマスターピース工房Vol.3 シェイクスピア・ウィークの後半戦、ミクニヤナイハラプロジェクトVol.5『前向き!タイモン』(矢内原美邦作・演出・振付)を観ての率直な感想は。

 舞台上舞台、それも一列目という至近距離もあって、役者陣のあれこれ(例えば、汗や唾なんかも)が観えること観えること。
 まさしく、生身の人間が演じ動いているんだなあと強く感じた。

 で、『前向き!タイモン』は、タイトルの如く、シェイクスピアの『アテネのタイモン』を下敷きにした作品なんだけど、まあこれはあくまでもダシってことで、矢内原さん自身の人生(記憶)も色濃く反映しただろうテキストが、あるは『巨人と玩具』も真っ青の速射砲のようなスピードで、あるはのいるこいる師匠の漫才もかくやと思わせる脱臼された形で吐き出される。
 加えて、舞台狭しと駆け回り経ち回る役者の激しい動きの中から、矢内原さんの痛切で切実な想いや感情が湧き上がってきたような気が僕にはした。
(ただ、こうした台詞づかい、舞踏性、さらには映像の活用をもって、矢内原さんの作品を「新しい新しい目新しい」とだけ評価するのはどうなんだろうな。むろん全ての要素の組み合わせの妙=オリジナリティは評価してしかるべきだろうけど、少なくともあの台詞づかいは、市川崑や増村保造も、昭和の落語家や漫才師、コメディアンも、当たり前のこととしてやっている。そうした共通性が僕には面白くあったのだが)

 タイモン役の鈴木将一朗をはじめ、笠木泉、山本圭祐の三人の出演者は、舞台上の段取りを適確にこなしつつ(ライヴ特有の傷も巧く演技に転化させていた)、作品の持つ多様な側面をしっかりと演じ切っていたのではないか。
 個人的には、充分に納得がいった。

 それにしても、前半戦の『K・リア 〜ヒメミコタチノオハナシ〜』もそうだったのだけれど、こうした好企画があまりぱっとしないまま終わってしまうのは、非常に残念でならない。
 本当になんとかならないものか。
posted by figarok492na at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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