2010年01月27日

誰がため

 時代も違えば状況も違う、出てくる人間もてんでばらばら。
 そんな全く脈絡のない作品に続けて触れるのも映画の愉しみ方ではあるが、逆に、同時代似たような状況を描いた作品に続けて触れるのもまた、映画の愉しみ方の一つなのではないか。
 京都シネマでオーレ・クリスチャン・マセン監督の『誰がため』(FLAMMEN & CITRONEN)を観ながら、ふとそんなことを思った。

 と、言うのも、この『誰がため』の内容が、先日同じ京都シネマで観た『カティンの森』と大きく重なり合うものだったからである。
 そう、『誰がため』も『カティンの森』同様、第二次世界大戦中、他国(ナチス・ドイツ)に自国(デンマーク)を占領された中で起こった実際の出来事をテーマとした作品なのだ。
(だから、そうそう簡単に愉しんでばかりもいられないのだけれど)

 で、『誰がため』は、ナチス・ドイツ占領下、抵抗運動に加わり、戦後祖国から英雄として讃えられもしたフラマンとシトロンという二人の人物の、これまで語られてこなかった本当の姿を描いた作品となっている。
 作品の根幹にもかかわってくることもあり、ここではあえて詳しく述べないけれど、厳しい歴史的状況とナチス・ドイツへのレジスタンスという大義に動かされた彼らが、様々な裏切りによって傷つき、破滅に向かって進んでいく姿がストレートに表わされた展開となっていて、生理的な意味合いを除けば、2時間を超える上映時間もそれほど長く感じることはなかった。
 また、この作品の大義と暴力との関係への問いが、現在を生きる我々にとって全く他人事ではない問題であるということも充分に納得がいった。

 ただ、二人の主人公をドラマティックに描き上げるという視点に、どこかアメリカのニューシネマ的な雰囲気を感じたことも事実で(予告編で感じたほどハリウッド調ではなかったものの)、個人的には、歴史的な事実を克明に丹念に刻み込もうという強い意志をより感じる『カティンの森』のほうに一層シンパシーを覚えたことは明記しておきたい。
 それと、これは史実に基づいた作品だから仕方ないこととはいえ、主人公らレジスタンスの側の人々がデンマークとスウェーデンの間を行き来したりするなど、切迫感や緊張感に若干水を差される想いがしたことも付け加えておきたい。
(自由に行き来できるのにも関わらず、彼らがデンマーク国内に残ったことの重みは充分に承知しつつも)

 俳優陣では、主人公のトゥーレ・リンハートとマッツ・ミケルセンの熱演を当然挙げるべきだろうが、いわゆるファムファタル的な存在であるケティーを演じたスティーネ・スティーンゲーゼ、ゲシュタポの高官を演じたクリスチャン・ベルケルも強く印象に残った。
posted by figarok492na at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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