2010年01月05日

髪がはねてはねてみっともない(CLACLA日記)

 髪がはねてはねてみっともない。
 ムースだのなんだのつけりゃいいものを、水と帽子でなんとかしようとするだけだから、ちっとも治まりゃしない。
 我ながらお恥ずかしいかぎり…。


 昨夜、大切な用件をすませ、伊集院光の深夜の馬鹿力を途中から聴いたのち、3時17分に消灯する。

 9時45分に起きる。

 斎藤美奈子の『本の本』<筑摩書房>を読み進める。
>ふだん目にする書評で多いのは「君臨する書評」と「従属する書評」だ。
 「褒めてつかわす」といわんばかりの態度をとるか、ありがたく「押しいただく」か<
(池澤夏樹の『風がページを……』<文藝春秋>に対する書評より)
 それに続けて、斎藤さんは池澤夏樹の週刊文春連載の読書日記を「寄り添う書評」と評価する。
 まさしく、自省あるのみだ。

 ほかに、『花田清輝評論集』<岩波文庫>のつまみ再読をする。
 京都市図書館のインターネットサービスで、『花田清輝全集』<講談社>の第1巻を予約しているのだけれど、それはそれ、これはこれ。
>しょせん、同情者は、同情者にすぎないのだ<
(『美味救世』より)

 ネットラジオで、ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮ダラス交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ハイドンの交響曲第86番にヴュータンのヴァイオリン協奏曲第5番(ゲイリー・レヴィンソンの独奏)、ビゼーの交響曲第1番、ラヴェルのボレロという、ヴュータンを除けば僕の好みにぴったり合ったプログラム。
 ズヴェーデンは作品のツボをよく押さえたドラマティックな音楽づくりを行っていたと思う。
 オーケストラのアンサンブルには若干肌理の粗さを感じたが、これは実演ならばそれほど気にならないのではないか。

 依頼された、映画のシナリオ関係の仕事を行う。

 14時55分に外出し、今年初めて京都芸術センターへ。
 いくつか用件を片づけたのち、大垣書店烏丸三条店で『レコード芸術』1月号を立ち読みし、思文閣の四季報『鴨東通信 冬』を入手する。
 その後、ハローワークの烏丸御池プラザをのぞいて(正月明け早々、たくさんの人が集まっていた…)から、大切な用件をすませる。
 ついでに、早めの夕飯をすませ、再び京都芸術センターに寄って、18時55分に帰宅した。

 一段落着いたあと、『本の本』を読み進める。

 ほかに、『花田清輝評論集』のつまみ再読もする。
 花田清輝が安部公房に与えた影響などについて考えながら。

 ネットラジオで、ペトリ・サカリ指揮アイスランド交響楽団のコンサートのライヴ録音を途中から聴く。
 オール・シベリウス・プログラムで、交響曲第3番(これは途中から)、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第1番が放送されていた。
 非常にエネルギッシュで熱の入った演奏だったが、その分オーケストラの技術力の問題が気になったりもした。
 これまた、実演ならばそれほど気にならなかったのかもしれないが。

 続けて、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮バーゼル室内管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第1番<OEHMS>を聴く。
 このバーゼル室内管弦楽団をはじめ、老舗ローザンヌ室内管弦楽団やチューリヒ室内管弦楽団、ジュネーヴ室内管弦楽団といったスイスの室内オーケストラは来日しないものだろうか。
 山椒は小粒でぴりりと辛い風の小気味よい音楽を聴かせてくれそうな気がするんだけど。

 今日は、実家から送ってきたCOOPの海藻バーを食す。
 わかめ、こんぶ、ひじき、あおさ、煮干を練り込んだスティックビスケットで、一応甘みはあるものの、これを純然たる甘いものに分類していいんだろうかともやっぱり思ってしまう。
 まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 体調不良のため、藤井財務大臣に辞任の可能性があるとのこと。
 鳩山内閣も、ますます厳しい状況に追い込まれるのではないか。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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