2009年09月10日

1994年2月18日(欧州音楽日記20)

 ☆エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団ケルン公演

  指揮:サイモン・ラトル
  会場:ケルン・フィルハーモニー


 イギリスでは聴くことのできなかった、サイモン・ラトルとエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の演奏をケルンで聴いた。
 きちんとしたかたちのコンサートで、こうしたオーセンティックな楽器(古楽器)のオーケストラを聴くのは今回がはじめて。
 曲目は、モーツァルトの40番のシンフォニーとシューベルトの「ザ・グレイト」というシンプルなもの。
 しかし、有名な曲だからこそ、逆にこうしたオーセンティックな楽器で演奏するということは重要かつ困難なものとも思う。

 まず、モーツァルトの40番。
 出だしからしてしなやか。音量は小さめで、強音の部分でも現代のオーケストラのそれに比べるとあまり力強くは感じないが、肌理の細かさ、コントラバスの一音一音でさえも聴きとれるという点では、やはりこちらが上。
 また、速いパッセージの弦の鮮やかさは、モダン楽器では早々表現できないものだろう。
 逆に、管楽器は演奏するのが大変そうだったけれど。
 ラトルの解釈は、速いテンポ。それと、間のとり方、副声部の鳴らし方などが特徴的。
 特に、第2楽章がこれほど美しい音楽だと感じたのは、はじめてだ。
 第3楽章のメヌエットも、メヌエットという舞踊音楽を意識した演奏。
 フィナーレもスピード感あふれるものだった。
(ミスは観ない、聴かない、言わない!)*1

 休憩後は、「ザ・グレイト」。
 楽器配置等の関係もあってだろうが、これまで気にとめることのなかった管楽器や、ヴィオラ、コントラバスの*2奏が印象的だ。
 第1楽章は、これまでの重量感あふれる後期ロマン派的な演奏からはほど遠い軽やかなもの。
 ラトルは伝統的な解釈を活かしつつ、強弱などに個性をもたしていたよう。
 ミスもいくつかあったが、ウィーン・フィルの古式ゆかしい演奏とは、また異なる「ザ・グレイト」を愉しむことができた。

 会場の大拍手に応え、アンコールは『フィガロの結婚』序曲。
 弦のあの速い動きがよく再現されていて、愉しかった。
 ああ、このあと、フィガロとスザンナの二重唱がそのまま始まってくれればと、思ったが、オペラ全曲となると管楽器が大変だろうな。
 それでも、演奏しているようだけど*3。



*1:終楽章のリピートで、第1ヴァイオリンの3プルトめぐらいの女性が明らかにわかるミスをしたのである。終演後、彼女は相当落ち込んでいた。この彼女と対照的なのが、2001年6月17日の東京都交響楽団京都公演(ジャン・フルネ指揮)の一曲目、ベートーヴェンの『エグモント』序曲のコーダで大ポカをやったトランペット奏者。終演後、隣の奏者と「やっちまった」的に笑い合っていた。ミスは仕方ないし、笑い合うことだってかまわない。ただ、同じことを君は、天皇皇后両陛下や嵐を呼ぶ都知事臨席のコンサートでもできるのか?

*2:崩し字のため、なんと書いてあるのか判読できず。

*3:ラトルとエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団の演奏したモーツァルトのオペラでは、『コジ・ファン・トゥッテ』のライヴ録音<EMI>を以前愛聴していた。ただし、今は諸般の事情で手元にはない。
posted by figarok492na at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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