2009年09月08日

1994年2月14日(欧州音楽日記18)

 ☆マスネ:歌劇『シェリュバン』公演(プレミア)

   指揮:マリオ・ベルナルディ
  管弦楽:コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラ管弦楽団
   会場:コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラ


 ロンドンに来て、風邪気味になるわ、いろいろと嫌な思いはするわ*1で、心の中も今日の天候と同じような半日だったが、コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラのチケットは、すぐに手に入った。

 演目は、マスネの歌劇『シェリュバン』(そのプレミア)。
 最近、フレデリカ・フォン・シュターデをタイトルロールにしたコンパクト・ディスクも発売されているので*2、それも関係しているのかもしれない。
 『フィガロの結婚』の後日譚といったところだが、ボーマルシェの続篇とは異なり、ケルビーノが伯爵夫人と不倫関係となって罪ある(罪なき)子供が生れてくるようなことはない。
 物語は、17歳の誕生日を迎えたシェリュバン(ケルビーノ)が、ダンサーのアンソレイヤードをはじめとした「女性」に愛し恋し、絶望もする中で、最後にニーナという「愛すべき」人を見つけるというもの。
 公爵が「ドン・ジュアンの誕生」だと言い、哲学者が「それでは、ニーナはエルヴィラだ」という幕切れは、モーツァルトにあやかったという意味でも、シェリュバン(ケルビーノ)という存在、ひいては男性心理・女性心理、人の心理を端的に示しているという意味でも、しゃれている。
 第1幕は、はっきり言って「なんじゃ、こりゃ」。
 まるで、宝塚か何かの出来の悪い音楽芝居を見せられているようで「?」だった。
 しかし、第2幕以降、マスネ特有の叙情的な音楽が中心を占める部分になると、がぜん面白さが増した。
 アンソレイヤードの独唱と、シェリュバンとの二重唱、第3幕のシェリュバンの独唱、哲学者との掛け合いなどは、なかなか聴き応えがあった。
 聴いた感想は、歌手が揃えば、愉しめる作品。
 日本では、宝塚の面々にシェリュバンとダンサーをやってもらえれば面白いかも?
 無理かなあ…。

 指揮は、ゲンナディ・ロジェストヴェンスキーがいつの間にか降りて、カナダの指揮者ベルナルディに変わっていた。オケは時折ずれていた部分もあった。
 歌手は、一番に推すのが、アンソレイヤードのマリア・バーヨ。歌い方に少しクセがあるが、美声。スペイン風のフランス語の歌を見事に歌い上げていて感心した。
 タイトルロールのスーザン・グラハム(グレアム)も美声。芝居も達者だった。
 ニーナのアンジェラ・ゲオルギューは、喉を震わすような歌い方に私は拒否反応*3。
 哲学者のロバート・ロイドは、最初何を歌っているかよくわからなかったが、後半は声も通っていた。
 脇役陣、特にコミカルな役柄を引き受けた男性陣に拍手。役者が揃っていた。

 演出・美術は、斬新なもの。
 と、言っても音楽を台無しにするものではなかった。
 本来はト書きにないはずのフィガロとスザンナ(ジョン・ラムとジェーン・ガーネット。良かった)の登場も目障りでなく、レチタティーヴォを英語で語ったりした点(あくまでも音楽の邪魔をしない形で)もよいアイデアだと思った。

 ロイヤル・オペラの響きは、PAを使っているのかもしれないが、平土間で聴くとオケなどが天井や横のほうから鳴っているような気がしたし、また響き自体、ウィーンと比べるとそれほどよくないように思う。
 それとお客さん。明らかにアッパークラス、そしてミドルクラス中心。背広を着て行っても、なんだか、彼彼女らの雰囲気に圧倒されてしまった。
 イギリスには、やはり未だ「クラス」が残っているという実感。



*1:英語を話せて当然、という傲然としたロンドンっ子たちの態度に辟易したほか、諸所で厄介な出来事に巻き込まれたため。今では、いい経験が出来たと思っているが。

*2:ピンカス・スタインバーグ指揮ミュンヘン放送管弦楽団他<RCA>。

*3:アンジェラ・ゲオルギューという歌い手の声が、僕はずっと好みでないのだけれど、なんとこのときからそうだったんだ。
posted by figarok492na at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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