2009年08月27日

1994年1月19日(欧州音楽日記8)

 ☆グヮルネリ・カルテット ケルン公演

  会場:ケルン・フィルハーモニー


 弦楽4重奏でもたまには聴いてみようかとフィルハーモニーへ。
 グヮルネリ・カルテットは、以前何かで名前を聴いたことがある程度*1。
 オケ、オペラ、指揮者以外のクラシック音楽に関する知識とコンサート経験の少なさに少々情けなくなる(弦楽4重奏を聴くのは、二度目!)。

 曲目は、アリアーガの第1番、ベートーヴェンの第11番「セリオーソ」、ラヴェルの三曲。
 お客さんは、オケのときに比べ実に少ない入りだが、その分音楽好きや、自分で演奏する熱心な学生が集まっていたよう。

 アリアーガの第1番*2は、端整な作品。
 音楽としてのしっかりとしたスタイルを備えているし、メロディーも美しい。
 「スペインのモーツァルト」と呼ばれる彼の作品は、日本でももっと演奏されて良いかもしれない。

 次は、ベートーヴェンの第11番「セリオーソ」。
 非常に激しい曲調で第1楽章が始まった。
 この激しさは、そのままフィナーレまで続いた。
 アリアーガの曲が古典的な調和に近い作風とすれば、ベートーヴェンはそこから一歩足を進めようとする作品。
 和音の使い方等、ときとして「不安定さ」を感じる音楽だったが、演奏は病的不安定にはならなかった。

 やっぱり来て良かったと思いつつ、休憩は終わり。
 後半のラヴェル。
 実は、オケの曲はまだよいとして、ラヴェルやドビュッシーをはじめとするフランスの室内楽作品は…*3。
 という先入観を持っていたが、この作品・演奏を聴いてそれがただの偏見だということを思い知らされた。
 第1楽章は、暖かみのあるメロディーが魅力的。ファースト・ヴァイオリンの音の細さがほんの少しだけ気になるが、この団体の弦をたっぷりと鳴らす演奏スタイルには合っている。
 第2楽章は、ピッツィカート技法が印象的。ピッツィカートの個々の部分でテンポなどに奏者の違いはあったが、合奏力はなかなかのもの。
 第3楽章の物憂げな雰囲気、フィナーレも各々充分に愉しめた。

 会場の熱心な拍手に応え、アンコールは2曲。
 誰かの作品のアダージョとハイドンのフィナーレ。
 アダージョでは、各々の楽器の旋律が柔らかく重なることに心地よい想いをし、ハイドンのフィナーレはコンサートの最後を飾るに相応しい軽快な作品だった。

 技術的には、年齢のこともあって最高度、完璧というわけにはいかないだろうが、長年積み重ねてきた経験から生み出される合奏力、テンポのとり方、音の鳴らし方にこの団体の年輪の深さが感じられ好感が持てた。
 また、音楽というものが、単に上手に鳴らされれば良いのではなく、まとまりと重なり合うことが大切だということを実感できた。
 「行って良かった」
 それが、最大の感想だ。



*1:グヮルネリ・カルテットがアメリカを代表する弦楽4重奏団であることをしっかり認識できたのは、JUGIA四条店でクラシック担当のアルバイトをしてからのことである。

*2:残念ながら今は手元にないが、グヮルネリ・カルテットの演奏したアリアーガの弦楽4重奏曲第1番〜第3番のCD<PHILIPS>を、僕は一時期愛聴していた。なお、そのCDは、このコンサートから約1年のちの1995年2月に録音されている。

*3:上述、JEUGIA四条店での経験によって、一転、フランスの室内楽作品に全く抵抗がなくなった。特に、フォーレやドビュッシー、ラヴェルはもちろんのこと、プーランクやミヨーの室内楽作品も大好きである。
posted by figarok492na at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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