2009年07月06日

朝日新聞夕刊「立ち見席 オーケストラの風景A」 新日本フィルハーモニー交響楽団に関して

 朝日新聞夕刊、「立ち見席 オーケストラの風景」(星野学署名記事)は、今日で2回目。
 大阪フィルハーモニー交響楽団に続いて、今回は新日本フィルハーモニー交響楽団の登場で、このオーケストラの近況がコンパクトにまとめられている。

 ただ、
>1972年の創立以来、小澤征爾との関係が深い<
という一文は、新日本フィルの成り立ち、いわゆる旧日本フィルハーモニー交響楽団の分裂を知る人間には、いささか白々しく感じられた。

 むろん、新日本フィル自身がホームページ等で、1972年の旧日本フィルの分裂に関する詳細ないきさつをぼかしてしまいたくなることは、たとえ『日本フィル物語』<音楽之友社>を高校生の頃から愛読し、なおかつ今は亡き日本フィル事務局の中島賢一さんとちょっとした親交もあった、「日本フィル寄り」に位置する僕ですら、充分理解のいくことだ。
 すでに、日本フィルもフジ・サンケイグループと和解しているのである。
 自ら無理をして過去の傷をほじくり返す必要はない。

 だが、だからと言って、この記事の執筆者である星野さんまでが、旧日本フィルの分裂に関して一切触れないというのは、どうしても何かが違うと思う。
 特に、オーケストラの在り方が厳しく問われる「今」だからこそ、そのことに関して何か言葉があってもよかったのではないか。
(だいたい、星野さんがこの連載を始めたのも、「今」だからこそだろうに)
 まあ、今後の連載で日本フィルが取り上げられることもあるだろうから、僕はそのときを待ちたいとも考えるが。

 それにしても、新日本フィルに「民主主義の音」という惹句は、僕にはなんともしっくりこないな、やっぱり。


 余談だけれど、神山征二郎監督によって映画化もされた今崎暁巳の『友よ!未来をうたえ 日本フィルハーモニー物語』<労働旬報社>は、日本フィルとフジ・サンケイグループが「闘争中」だったということもあってか、小澤征爾や山本直純、新日本フィルの側がいくぶん、いや、だいぶんあくどく(ひどい言葉をあえて使えば「資本家の走狗」的に)記述されているような気がして、僕には仕方がない。
 このことは以前にも記したことがあるはずだが、せっかく新日本フィルや日本フィルのことについて書いたので、改めて付け加えておくことにした。
posted by figarok492na at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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