2009年06月25日

夕飯が21時過ぎになった(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 厳しい暑さも続く。
 陽ざしの強い一日だった。

 午前中、仕事関係の電話があり、しばらく話をする。

 午前のうちに、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を聴く。

 林達夫の「鶏を飼う」と「三つの指環の話」(ともに、『林達夫評論集』<岩波文庫>所収)を再読する。
 林達夫の文章もまた、こういう時代状況だからこそ親しく接しておかなければならないと強く思う。
 そして、林達夫という一個の人間の人生から、学ぶべきところが多々あるとも強く思う。

 続けて、石橋湛山の「死もまた社会奉仕ほか」、「共産主義の正体」、「近来の世相ただ事ならず」、「綱紀粛正論者の認識不足、我が政治の良化をかえって妨げん」(すべて、『石橋湛山評論集』<岩波文庫>所収)を再読する。

 14時半頃、外出する。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 帰宅後、仕事関係の作業に集中し、夕飯が21時過ぎになる。

 夕飯後、佐藤亜紀の『激しく、速やかな死』<文藝春秋>を読み始める。
 マルキ・ド・サド(サド侯爵)の独白である『弁明』を読み終えたが、(よい意味で)筒井康隆の影響が色濃く表れているなあと強く感じる。
 いずれにしても、ゆっくり味わいながら読みたい作品集だ。

 斎藤美奈子の『文芸誤報』<朝日新聞出版>も読み始める。
 若手評価には、ちょっとあれっと思ったりするも、首肯する評も多々あり。

 今日は、ヤマザキのミルクブッセを食す。
 近くのスーパーで、税込み59円のセール品になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

>馬鹿につける薬はない。
(中略)馬鹿は結局馬鹿なことしかしでかさない。
(中略)ここに言う馬鹿が誰のことを指しているかは、諸君の判断にお任せして、私からは言わないことにしておく<
 林達夫「鶏を飼う」より。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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