☆ドヴォルザーク&ヤナーチェク:弦楽4重奏曲集
アルテミス・カルテット
2003、04年、デジタル録音
<VIRGIN>0946 353399 2 5
ADOMIRATION(称賛)とは、他人が自分に似ていることを馬鹿ていねいに評価すること、とは、町田康の『夫婦茶碗』の解説で筒井康隆が記した言葉、ではなく、引用したビアスの『悪魔の辞典』中の一項目だが、アルテミス・カルテットの演奏したドヴォルザークの弦楽4重奏曲第13番を聴きながら、僕はふとそのことを思い出した。
もちろん、他人が自分に似ているからといって、誰もが相手を称賛するわけではない。
あまりに似すぎていて近親憎悪が発生、というケースはざらにあるし、場合によっては、彼と我との類似をたびたび指摘されても、「そんなバナナ」などと本気で応える無意識過剰の人間だって中にはいないともかぎらない。
結局、似たものそっくりさんを称賛できるというのは、相手に対する尊敬の念か優越感のどちらか、もしくはその両方が、意識無意識に称賛する側の人間に存在するのではないか。
果たして、ブラームスがドヴォルザークを高く評価した大きな理由というのは、そのうちのいずれに当てはまるのだろう。
もしかしたらブラームスは、ドヴォルザークの似ている部分ばかりではなく、似て非なるところにも充分目をやっていたのかもしれないが。
けれど、このアルテミス・カルテットの演奏を聴けば、やっぱりドヴォルザークってブラームスの影響が大きいんだなとは思ってしまう。
ただし、だからと言って、僕はドヴォルザークの弦楽4重奏曲第13番がブラームスの亜流、エピゴーネンなどと評するつもりは毛頭ない。
それどころか、有名な第12番「アメリカ」に比してポピュラリティには欠けるものの、この作品にも、いわゆるボヘミアの郷愁を想起させる美しくてノスタルジーに富んだメロディや、ドヴォルザークの粘っこくてどろどろとした性質気質がそこここにうかがえる。
それに、先行者であるアルバン・ベルク・カルテットの技と覇気、ハーゲン・カルテットの技と鬼気に対して、技と熱気のアルテミス・カルテットだけに、それこそ切れば血が噴き出るような演奏に仕上がっているとも思う。
だが、それでもなお、作品の構成や骨格の確かさがはっきりと示されていることに間違いはなく、僕はそこに先述したようなブラームスとの関係性を強く感じてしまうのだ。
(もう一ついえば、内面の粘っこいものやどろどろとしたものもまた、実はブラームスと相通じ合うものではないかと僕は思ったりもするが)
一方、ヤナーチェクの弦楽4重奏曲第2番「ないしょの手紙」は、老いた作曲家のどうにもならない感情が音楽としてしたためられた作品だが、アルテミス・カルテットはそうした作品の持つ情熱や若さを力一杯表現しきっている。
ドヴォルザーク同様、これまた民族性や民俗性を求めるむきには喰い足りなさや味気なさが残るかもしれないが、個人的には音楽の普遍的な本質をとらえた充分十二分に納得のいく演奏だと思う。
いずれにしても、弦楽4重奏曲好き、室内楽好きには大いに推薦したい。
って、僕とアルテミス・カルテットの造り出した音楽って、どこか似ているんだろうか?
2009年02月28日
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