難しいことを難しく語ることは容易だし、易しいことを難しく語ることも簡単だ。
だが、難しいことを柔らかく語るとなると、これは少々骨が折れる。
しかも、そこに笑いが絡むと、ことはますます困難になる。
そんな困難な作業に挑み続けている集団こそ、ベトナムからの笑い声ではないだろうか。
今回の第24回公演『レストラン・ザ・ペガサス』(黒川猛さん脚本/スペースイサン)においても、そうしたベトナムからの笑い声の姿勢はいかんなく示されていたと思う。
ただ、柔らかいと言っても、漫然と舞台を観ているだけではつかめない、言い換えれば、オムニバスの5つの作品それぞれや公演全体から何かを「探り」あて、自分なりの「像」を造り出していかなければならない作品であることも事実な訳で、当然ながら「甘い」お芝居とは一線どころか、二線も三線も画している。
時にそうした部分が前面に出過ぎたり、笑いの面での実験性が強過ぎて内容が「玄妙」(意味がわからない方は、辞書でお調べ下さい)に傾いたり、逆に、あと一押しが欲しいというか、喰い足りなさや粗さを感じる箇所もあったりもしたが、基本的には、ベトナムからの笑い声の面々が何をどう伝えようとしたかが、痛いほどわかる公演だったのではないか。
個人的には、第一篇目の『本気でウォーリーを探せ!』に強く心を動かされた。
(正直、ただ笑ってはいられない切実な何かを僕はこの作品に感じてしまったのだ。ほんま、笑ってられまっかい!)
今回、演者も含めて新たに3人の団員が加わったというベトナムからの笑い声だけれど、そうした点も含めて、次回以降の公演が愉しみである。
余談だけれど、ベトナムからの笑い声が、京都の小劇場界では珍しく、いわゆる「社会人」を中心に構成された劇団だということにもっと留意しておく必要があるように、僕には思われる。
少なくとも、彼彼女らの表現の「在りよう」には、そのことが大きく関係しているように、僕には思えてならない。
2008年08月16日
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