2008年08月09日

『知り合いが来た』(明倫ワークショップにて書ける)

 正午過ぎ、京都芸術センターまで足を運び、昼ノ月/鈴江俊郎さんによる明倫ワークショップに参加してきた。
 内容は、参加者が戯曲を書いて、鈴江さんをはじめとした昼ノ月の面々がそれを読むというものだったが、予想していたよりも参加人数が少なく、本当はちょこちょこと書いてお茶を濁すつもりだったのだけれど、当てが外れてしまった。
 で、一時間半、苦心惨憺して捻り出したのが以下の通り。
 お笑いあれ…。


 タイトル:知り合いが来た

 登場人物:一ノ瀬達雄(いちのせたつお)
      内野 妙子(うちのたえこ)

   とき:1949年8月9日
  ところ:妙子の家


(激しい何かの音。一瞬の静寂。柱時計が時を刻む音。
 明転。蝉の鳴き声。遠くから陽気な歌謡曲が微かに聞こえる。
 一ノ瀬、妙子の家の玄関に立ち、タオルで頭や顔を拭う)

一ノ瀬:妙子さん。(間)おらっさんですか。

(しばらく待つが、返事はない)

一ノ瀬:しょんなかね。

(いったん帰ろうとして立ち止まり、再び戻って)

一ノ瀬:妙子さん。

(黙って、部屋の中を見続ける。と、背後から)

 妙子:一ノ瀬さん。
一ノ瀬:うわっ。

(妙子、首に巻いた手拭いを気にしながら)

 妙子:どがんしたとですか。
一ノ瀬:いや、こいは。(間)おらしたとですか。
 妙子:はい。花ば、お墓に。

(妙子、柄杓の入ったバケツを家の中に入れる)

一ノ瀬:ああ、おいも朝からすましてきましたけん。

(妙子と一ノ瀬、家の中に入る)

 妙子:中に入っとらせばよかったとに。
一ノ瀬:いや、そいは。
 妙子:遠慮すっことはなかじゃなかですか。

(妙子、室内に上がるが、一ノ瀬が上がり框に腰を下ろしたので、仕方なくそこに腰を下ろす)

一ノ瀬:最近は、具合のほうはどがんですか。
 妙子:よかことも悪かことも。

(妙子、ちょうど近くにあった団扇で一ノ瀬を扇ぐ。一ノ瀬、頭を下げる)

 妙子:いつもんごと身体はだるかですし、時々ずきんずきんて痛みますけど。

(と、言って首筋に手をやる)

一ノ瀬:おいも痛むとですよ。天気の悪か時なんか特に。
 妙子:ああ、はい。
一ノ瀬:秋月先生の言わすには、気圧の関係しとっとかなんとかて。
 妙子:気圧。
一ノ瀬:はい、ようとはわからんですけど。
 妙子:気圧。(間)すいません、お茶も出さんで。

(立ち上がりかける)

一ノ瀬:いや、よかですよ。そがん、気ばつかわんでも。
 妙子:ばってん。
一ノ瀬:いや、ほんなことよかとです。今日は、こいば持って来ただけですけん。

(一ノ瀬、カバンから缶詰やビスケットなどの食料品を取り出す。妙子、深々と頭を下げて)

 妙子:すいません。いつもこがんしてもろうて。
一ノ瀬:なんば言いよらすとですか。おいも内野にはいろいろと助けてもろうとったとですけんね。こんくらい当たり前じゃなかですか。

(妙子、仏壇のほうに視線を向ける。一ノ瀬、気づかないふりで)

一ノ瀬:そいに、おいも独りですけんね。こがん甘かもんばかりあっても。
 妙子:本当にすいません。

(妙子、一礼して立ち上がり、一ノ瀬の持って来た物を仏壇に備え、小さく拝んでから戻って来る)

 妙子:うちも一ノ瀬さんごとイングリッシュばしゃべれたらよかとですけど。
一ノ瀬:そがん、イングリッシュていうても、たいしたことはなかですよ。
 妙子:ばってん、しゃべるっことに間違いはなかでしょう。
一ノ瀬:片言ですたい。アイ・アム・ウィドゥワー。アイ・リヴ・イン・ナガサキ。アイ・ラヴ。(間)アイ・ラヴ。

(妙子、怪訝そうな表情で一ノ瀬を見る)

一ノ瀬:あっ、いや、なんも。
 妙子:やっぱりすごかですねえ。(間)一ノ瀬さん、評判ですもんね。
一ノ瀬:評判、おいがですか。
 妙子:はい。一ノ瀬さん、イングリッシュのおかげで羽振りんよかて。
一ノ瀬:羽振りんよか。
 妙子:はい。
一ノ瀬:羽振りんよかて、だいがそがん馬鹿んごたっことば言いよっとですか。

(一ノ瀬、立ち上がる)

一ノ瀬:おいはそがんでもせんばしょんなかけん、あがんことばしよっとですよ。だいが好きこのんであがんことばすっですか。おいだって、家族ばみんな殺されたとですよ、そいばってん。そいばってん。(間)いや、こいは。(間)すんません。

(一ノ瀬、深々と頭を下げる)

 妙子:うちこそ、すいません。

(妙子も深々と頭を下げる)

 妙子:(間)お茶ば出しますけん。あんまり冷えとらんですけど。

(妙子、立ち上がる)

一ノ瀬:いや、よかですよ。
 妙子:ばってん。
一ノ瀬:いや、ほんとによかとです。半までに三菱に行かんばですけん。
 妙子:そがんですか。
一ノ瀬:はい。

(柱時計が鳴り始める。妙子と一ノ瀬、柱時計を見つめる。柱時計は十一回鳴る)

 妙子:(長い間)今年も、暑かですね。

(一ノ瀬、妙子を見る。
 暗転)


 *若干手直しをしました。
posted by figarok492na at 18:07| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする