2008年07月23日

眠狂四郎 女地獄

 京都みなみ会館まで、市川雷蔵主演、田中徳三監督の『眠狂四郎 女地獄』(1968年、大映京都)を観に行って来た。
 なお、『眠狂四郎 女地獄』は、毎年恒例の市川雷蔵映画祭の一環として上映されたもので、今年は、先頃亡くなった田中徳三監督(市川雷蔵とは気心の知れた仲)の作品を中心としたプログラムとなっている。

 で、『眠狂四郎 女地獄』なんだけど、あれこれ言い始めたら、本当にきりがない。
 いくらきちんと伏線が張ってあるとはいえ、非常にご都合主義的で、「そんなん眠狂四郎のせいやないか」と突っ込みたくなるようなストーリー展開はプログラム・ピクチュアの常だから仕方ないとしても、画面のそこここに表れる大映映画、ひいては邦画の斜陽衰退は、やはり隠しようがない。
 この作品の公開から約一年半後には亡くなってしまう市川雷蔵の疲弊がまずもってそうだし、草薙幸二郎や小瀬格、しめぎしがこといった人々の出演が時代の明らかな「変化」を感じさせる。
 さらには、渡辺岳夫のウェットで若干チープですらある音楽が、それに輪をかける…。

 が、しかし、僕はこの『眠狂四郎 女地獄』が好きなんだよね。
 ルーティンっちゃルーティンかもしれないが、シリーズ10作目ともなると、市川雷蔵の眠狂四郎の決まり具合、はまり具合は伊達じゃない。
 少なくとも、「俺に近づく女は、一人残らず不幸になる」なんて台詞、雷蔵じゃなきゃ、我慢がならないはずだもの。
 それに、伊藤雄之助と田村高廣(時折、父親の阪妻が重なって見えたりする)という二人の助演者の存在も大きい*。
 特に、雪のラストシーンにおける二人の演技は、強く印象に残る。
(てか、ラストシーンでの雷蔵、伊藤雄之助、田村高廣という三人の役者の姿こそが、この映画の一番の観物ではないか。他にも、いいシーンはあるけど)
 また、田中徳三監督による、基本的にはオーソドックスだけれど、ところどころに映画的な仕掛けをほどこした作劇も、手堅く安心して観ていられる。

 客観的に観て、これがシリーズのベストかと問われれば、残念ながら「否」と答えざるをえないけれど、僕にとっては絶対に外せない作品。
 個人的には、映画館の大きなスクリーンでこの作品を観ることができて、本当によかったと思う。
 ああ、面白かった!


 *他に小澤栄太郎、水谷良重、高田美和、安部徹、近藤宏、藤山浩二、五味龍太郎、渚まゆみらが出演している。
posted by figarok492na at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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