2008年02月01日

やっぱり、山田洋次は山田洋次である

 映画の日で一本1000円ということもあって、MOVIX京都まで、山田洋次監督、吉永小百合主演の『母べえ』(2007年、松竹)を観に行って来た。

 おおまかに言えば、黒澤明作品のスクリプターとして知られた野上照代の同名の著書を原作に、ある一つの家族とそれをとりまく人々の出来事を通して描かれた山田洋次流の「クロニクル」、と評することができるだろう。

 予想していた通り、吉永小百合はいつもの如く吉永小百合だし(途中、いい感じで進んでるなあと思っていると、突然力みに力んだ感情表現となってしまうとか)*1、歴史のつかみ取り方が「図式的」というか「公式主義的」というか、山田洋次という人の、心より先にどうしても頭が働いてしまう性質がしっかり出ていたし、そうした諸々が混ぜこぜになって、なんともぎくしゃくとした印象を受けてしまったことも事実だ。
 正直言って突っ込みどころは満載である。

 ただ、だからと言って、観なければよかったかというと、実はそうではなくて、観終わって心動かされている自分がいたことも確かなことなのである。
 少なくとも、僕はこの作品を観ておいて本当によかったと思った。

 それと、『母べえ』が「吉永小百合の作品」である一方で、明らかに「山田洋次の作品」となっていたことも指摘しておかなければなるまい。
 そして、それは単に、浅野忠信がかつての寅さんを彷佛とさせるような「やってるやってる」感丸出しの演技を行っていたことや、細かく観ていけば、ずいしょに様々な笑いの仕掛けがほどこされていたということだけを指しているのではない。
 また、『男はつらいよ』シリーズのある作品と同様に、作中で、シューベルトの『冬の旅』の中の「菩提樹」が歌われていたことだけを指しているのでもない。
 この『母べえ』が、吉永小百合・坂東三津五郎夫妻とその子供たちの家族の「耐える」物語であるとともに、浅野忠信が自らの恋を「耐える」物語でもあるという二重構造になっているところに、僕は山田洋次らしさを強く感じるのである。
(それは、ハナ肇主演の『馬鹿まるだし』同様、あの『無法松の一生』の「構図」を受け継いだものであり、なおかつ恋に「耐える」という意味で、一連の『男はつらいよ』シリーズにつながる)

 いずれにしても、「斜め読み」派にはあまりお薦めできない、と言うことは…。
 まあ、皆まで口にする必要もないか。

 そうそう、役者陣についてはあえて詳しく触れないことにしておく。
 吉永小百合はひとまず置くとして、自分の「好み」にあう人あわない人がいたということだけは記しておくが。


 *1 なお、こうした点に関しては、関川夏央の『昭和が明るかった頃』<文春文庫>が詳しい。

 *2(追記)
 この『母べえ』が、いわゆる松竹大船調の雰囲気を受け継いだ作品であることは、言うまでもないことだろう。
 あと、作中のいくつかのエピソードから、僕は木下恵介監督の反戦家庭劇『大曽根家の朝』を想起したりもした。
posted by figarok492na at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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