お次は、『グラマ島の誘惑』(1959年、東京映画)である。
『グラマ島の誘惑』は、飯沢匡さんの『ヤシと女』を川島監督自身が脚本化して出来た作品で、非常にメッセージ性の強いスラプスティックな諷刺劇に仕上がっている。
みなみ会館のチラシには、「皇族批判」とあるけれど、ノンノン、この作品のまずもっての主題は、天皇制批判、それも昭和天皇の戦争責任の追及なのである。
(森繁久彌演じる香椎宮の「あっ、そう」という言葉づかいを聴くだけで、そのことはすぐにわかるだろう)
そして、グラマ島という南洋の孤島で繰り広げられたドタバタ悲喜劇を通じて、旧日本軍と従軍慰安婦の問題や沖縄の問題、さらには水爆実験=核兵器の問題がてんこもりに盛り込まれている。
川島監督(や飯沢さん)の伝えようとすることは、あまりにも明確だろう。
ただ、そうした主題の明確さに比較して、ストーリー展開や作品の構成といった、川島雄三の演出には、なんとも言えないもどかしさを感じることも事実だ。
たぶん、原作と脚本の関係(違い)もあるだろうし、役者陣のスケジュールもあってのことだろうが、時にぎくしゃくとしたり時に冗長だったりと、どうにも無理があるように、僕には感じられたのである。
観て損をしたとは全く想わないけれど、残念ながら成功作とも言い難い。
役者陣は、先述の森繁の他、フランキー堺、三橋達也、八千草薫、浪花千栄子、轟夕起子、宮城まり子、淡路恵子、岸田今日子、春川ますみ、桂小金治、加藤武、左卜全と、芸達者個性あふれる面々が揃っている。
ところで、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の終楽章とショパンのピアノ・ソナタ第2番の葬送行進曲を混ぜこぜにしたような皮肉たっぷりのテーマ音楽の書き手は、あの黛敏郎だ。
超タカ派として知られた黛さん、思想と仕事は別物だったのだろうか?
*追記
宮城マリ子や岸田今日子の出演、淡路恵子扮する香坂よし子の人物造形(メガネをかけてオールドミス風)、どうしようもない男と大勢の女という構図から、市川崑監督の『黒い十人の女』を僕は思い出した。
市川崑、というか和田夏十は、この『グラマ島の誘惑』からも、何らかのヒントを得たのではないのか…。
というのは、いつものラッパだけどね。
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