2007年10月26日

千羽鶴

 京都文化博物館まで、増村保造監督の『千羽鶴』(1969年、大映東京)を観に行って来た。

 川端康成の小説『千羽鶴』は、すでに1953年に吉村公三郎監督によって映画化されているが、その際の脚本もこの増村版と同じく新藤兼人が担当している。
(そのこともあってか、初期の頃の土曜ワイド劇場を思い出したりもした。新藤さんは、しばしば土曜ワイド劇場の脚本だの原案だのをやっていたのだ)

 予想通り「邪劇」と呼びたくなるような内容で、特に、亡くなった愛人(船越英二)の面影をその息子(平幹二朗)に重ねて彼を追い求める若尾文子の身悶えぶり狂乱ぶり(「ああ…私は…もお…」といった台詞づかいも凄い)には、さすが増村・若尾コンビだけはあると感嘆したほどだ。
(もちろん、そうした「過剰さ」には、増村監督の一連の作品同様、それなりの理由があることは、若尾文子演じる太田夫人が亡くなった後の展開からもわからなくはないのだけれど)

 役者陣では、当然若尾文子を挙げるべきだろうが、彼女と「対峙」する京マチ子の「芯の通った」演技も強く印象に残った。
 また、病の市川雷蔵に代わった平幹二朗も、確かに巧い演技を披露していたが、雷蔵と比べて柄も顔も大きいために、なんだかかっこいいトミーズの雅が無理をしてニヒルな二枚目(てか、雷蔵)ぶっているという窮屈さを感じないでもなかった。
(これが市川雷蔵だったらなあ。作品全体の印象も大きく変わっただろうに)
 他に、梓英子(彼女はけっこう目立つ役だった)、北林谷栄、南美川洋子、目黒幸子らが出演していた。


 余談だけれど、昨日、この『千羽鶴』の平幹二朗と若尾文子のスチール写真を見て、「これ雷蔵はん?」と係の人に尋ねているおっさんがいたが、どこをどう見たって雷蔵なもんか。
 平幹は平幹だ!
posted by figarok492na at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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