2007年10月18日

細雪

 京都文化博物館まで、ジャッキー阿部こと阿部豊監督の『細雪』(1950年、新東宝)を観に行って来た。

 『細雪』は、言わずと知れた谷崎潤一郎の小説を八住利雄が脚色、阿部豊が映画化した作品で、今年に入って原作を読んだばかりだったため、どこがどう抜かれどこがどう映画的に処理されているかがよくわかった。
 まあ、全篇2時間20分程度なので、長さを感じなかったと言えば嘘になるが、基本的には原作の持つエッセンスを活かしたストーリー展開になっていたように思う。
 ただ、ほとんどがセット撮影(しかも、実にチープ)という点には、なんだか1980年代初頭までのお昼のソープオペラを思い出してしまったし、無声時代のアメリカ映画的なカット割りやあまりにも距離の近すぎる登場人物には、どうにも窮屈さを否めなかった。
(アメリカ的云々は、阿部監督が彼の地で修業したことからくる偏見かもしれないけれど、高峰秀子演じる四女妙子など、まさしくハリウッドのスクリューボールコメディ然とした演技づけがされていた。ヘアスタイルも、明らかにあちゃら風だったし)

 うまい下手は置くとして、先述した高峰秀子(今さらながら、この人はきれいだし巧い。特にラスト近くは彼女の真骨頂だった)をはじめ、花井蘭子(長女鶴子)、轟夕起子(次女幸子。『江戸の悪太郎』の面影が時折顔をのぞかせて、嬉しい)、山根寿子(三女雪子)の「アンサンブル」は、雰囲気的にもなかなか決まっていたのではないか。
 他に、河津清三郎(幸子の夫貞之助)、伊志井寛(鶴子の夫辰雄。石井ふく子の親父さん。この頃はまだ「やってる感」が強くて、『ありがとう』で見せた飄々とした味わいには欠ける)、田中春男、田崎潤*、香川京子、鳥羽陽之助、小林十九二、横山運平、浦辺粂子、藤田進、堀雄二らが出演していた。

 はじめ観た時は、あんまりぴんとこなかった市川崑監督の『細雪』を久しぶりに観たくなってしまった、というのが、僕の正直な感想である。
(あと、轟夕起子が鶴子にまわり、京マチ子や山本富士子が出演した、島耕二監督の大映版『細雪』も観てみたい)


 *病室で苦しむシーンで、「痛い、痛い、痛い」と後年の『連想ゲーム』を彷佛とさせるような大声をがなり上げ、はてはベッドから大げさに転げ落ちたものだから、とてもシリアスな場面にもかかわらず、お客さんが笑い声を上げていた。
 さすがは、軽演劇出身の人だけあると、妙に感心してしまった。
(書き割りみたいなセットが、まさしくコントチックだったこともあってのことだろうけど)
posted by figarok492na at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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