2007年05月17日

西鶴一代女

 京都文化博物館まで、溝口健二監督の『西鶴一代女』(1952年、新東宝・児井プロ作品)を観に行って来た。

 『西鶴一代女』は、井原西鶴の『好色一代女』をもとに依田義賢が脚本化、溝口監督自身が構成した作品である。
 邦画好きならよくご存じの言わずと知れた「名作」なので、その内容についてくどくどと語ることはしない。
 確かに、田中絹代演じるお春という一人の女の「変遷」を通じて、溝口監督の語りたいこと伝えたいことが滲み出ている作品と言えるだろう。
 ただ、個人的には、時折「様式」というか「形(フォルム)」のようなものが目について、勝手な物言いになるけれど、「(溝口さんって)損な性分やなあ」と思ってしまったことも事実だ。
(もちろん、そうした「様式」や「形」が過剰さ過激さを抑制していることもまた事実ではないか? 例えば、抑制なき増村保造監督の一連の作品が「邪劇」に化してしまったことと比べればよい)

 役者陣では、当然田中絹代を真っ先に挙げざるをえない。
 その「美しさ」は、凄絶の一語である。
 また、彼女をとりまく男性として、三船敏郎、菅井一郎、進藤英太郎、柳永二郎、宇野重吉、大泉滉(ここでもイカレポンチ風)らが出演している他、沢村貞子や毛利菊枝も印象に残る。

 邦画を語ろうとする人には、避けては通れぬ一作。
 好悪の判断は、それからだと思う。
posted by figarok492na at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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