2007年01月28日

マリー・アントワネット

 昨晩、友だちに誘われてTOHOシネマズ二条まで、ソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』を観に行ったんだけど…。
 ううん、なんて言ったらいいのかなあ。
 公開中なので詳しい内容については触れないが、残念ながら、僕にはどうにも物足りない一本だった。

 はっきり言って、ソフィア・コッポラの狙いは、わかり過ぎるほどによくわかる。
 たとえ、フランス宮廷内のあれこれをはじめとした歴史考証という、アメリカ人のヨーロッパに対する「オリエンタリズム」的なコーティングがなされていたとしても、ここで描かれている事どもは、現代のアメリカ社会の一端そのものだし、「等身大」のマリー・アントワネットだって、現代アメリカ女性の一典型そのものだ。
(マリー・アントワネットを演じる、キルスティン・ダンストを観るだけで、そのことは明らかだろう)

 だが、そうしたことを頭で充分わかっいても、それがそのまま心を動かされることには全くつながってくれない。
 マリー・アントワネットに仮託して、現代に生きる女性の内面・苦悩を描き込むという意味では、まだまだ掘り下げに不足しているし、逆に、現代のアメリカを批判するという意味では、あまりにも表現が曖昧に過ぎる。
 結局、何もかもが中途半端なのである。
(マリー・アントワネットと、この国のある「高貴」な女性がだぶって見える箇所があったりもするのだけれど)

 もちろん、ソフィア・コッポラの才気を感じた部分がないでもない。
 例えば、アメリカン・ニューシネマや、ライト・ラブコメディその他、過去の作品の取込み方など、実に堂に入ったものだ。
 けれど、そうした才気が作品全体の完成度に結実することなく、無駄に浪費されていると思えてならなかったことも、また事実なのである。

 駄作中の駄作とまで斬って捨てることはできないものの、申し訳ないけれど、多くの人に喜んでお薦めできる作品ではない。


 余談だけれど、歴史上の人物を「革命的」に描き上げた作品としてなら『アマデウス』を推したいし、アンシャン・レジームの腐敗をエレガンスに、かつ痛烈に描き上げた作品としてなら『リディキュール』を推したい。
 また、一人の女性の内面を丹念に描き込んだ作品としてなら『ダロウェイ夫人』を推したいし、現代アメリカのあれこれを面白おかしく切り取った作品としてなら、それこそ『アリー・マイ・ラブ』や『セックス&ザ・シティ』を推したい。

 追記=それにしても、ラストのフランス民衆の「チープ」さは、なんなんだろうなあ。
 ソフィア・コッポラの主眼がそこにないことは、わかりつつも、わややと思ってしまった。
(そうそう、忘れちゃいけない。この国には、『ベルバラ』があったんだ!!)
posted by figarok492na at 20:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに日本人のある世代以下にとってはフランス革命時代はベルばらで刷り込まれてますからね・・・
だからこそ日本での興行成績は悪くないんじゃないかと思います(笑)私は映画館まで見に行くほどの引力は感じないんですが。
Posted by たま@ at 2007年01月30日 13:39
 こんばんは。

 >フランス革命
 確かに、ベルばらの影響は大きいと思います。
 少なくとも、ある世代以下にとっては。

 >興行成績
 ただ、ベルばらの熱心なファンには不評かも…。
Posted by figaro at 2007年01月30日 23:54
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