2006年10月13日

女狐風呂

 二日続けて、京都文化博物館まで映画を観に行ってきた。
 本日観たのは、安田公義監督の『女狐風呂』(1958年、大映京都)である。

 『女狐風呂』は、ダシール・ハメット原作、W・S・ヴァン・ダイク監督の『影なき男』を巧みに翻案した、マキノ正博監督、小国英雄脚本による『待って居た男』(1942年、東宝)をさらにリメイクした作品だ。
 江戸の目明かし文吉(市川雷蔵)と、その妻お光(瑳峨三智子)が旅先の湯治場で奇妙な事件に巻き込まれるという、「探偵物」の定石に添った設定で、あっと驚く真犯人の存在など、なかなかよくできた展開になっている。
 ただ、残念ながら『待って居た男』を観ていないので断言はできないものの、マキノ演出に比べてこちらのリメイク版は、若干テンポがスローモーのような気がしないでもない。
(テンポ、という点で言えば、同じ年に製作された増村保造監督の『巨人と玩具』が、いかにスピーディーに過ぎるかということもわかる)

 役者陣では、何と言っても市川雷蔵と瑳峨三智子だろう。
 『待って居た男』の長谷川一夫と山田五十鈴(瑳峨三智子の母親)のコンビに対して、こちらの二人は、よい意味でスリム、よい意味でモダンな演技を行っているように、僕には思われた。
 雷蔵のかっこよさは言うまでもないが、瑳峨三智子の愛らしい感じも、やはりこの作品の観物だろう。
 他に、若き日の中村玉緒や、益田キートン(喜頓)と山茶花究という「あきれたぼういず」出身の二人、楠トシエ(自慢の喉を披露している)らが印象に残る。
(目明かし役の堺駿二らは、それなりに頑張っているのだが、『待って居た男』のエノケンほどのインパクトはなさそうだ)

 で、『女狐風呂』は『女狐風呂』で充分愉しむことができたのだけれど、リメイク元の『待って居た男』を観てみたいというのも、僕の偽らざる感想である。


 なお、『影なき男』と『待って居た男』の関係については、小林信彦の『一少年の<聖戦>』<ちくま文庫>から、「<米英的>なるものを求めて」、もしくは、同じく小林信彦の『コラムの逆襲』<新潮社>から、39:「影なき男」シリーズの影響をご参照のほど。
posted by figarok492na at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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