2006年09月21日

下郎の首

 予定通り、京都文化博物館まで、伊藤大輔監督の『下郎の首』(1955年、新東宝)を観に行ってきた。
 なお、『下郎の首』は、同じ伊藤監督による『下郎』(1927年、日活大将軍)のリメイクにあたる。

 父親の仇を追って苦難の旅を続けてきた主従のうち、ひょんなことから「下郎」のほうが仇を殺してしまい、ついには主人に裏切られるといった、タイトルからしておおよそ察しのつく、はっきり言って、観た後一気に落ち込んでしまうような重い内容の作品だった。
 そして、その重さは、単に封建制度下の主従関係の残酷さが描かれていることに起因するだけではなく、「下郎」が偽いざりの片目を潰し、偽いざりが復讐として「下郎」と(実は仇の)妾の関係を密告するといった、弱い者がより弱い者をしいたげたり、弱い者が強い者におもねるという、身分制度そのものの持つ陰湿さや非情さ、救い難さが描かれていることにも起因しているはずだ。
(そうした題材や、ストーリー展開、ユーモア感覚、さらにはカット割り等から、「古さ」、「時代とのズレ」を感じてしまったことも事実である)
 ただ、妾の家における、「下郎」と仇のやり合いや、後半、「下郎」が主人に裏切られ追い込まれるあたりからの迫真性、迫力は、やはりさすがだと思う。

 役者陣では、「下郎」を演じた田崎潤(時折見せる軽さは、軽演劇時代に培ったものだろう)とファムファタル的な存在でもある瑳峨三智子 (若き日の山田五十鈴=母親そっくり)をまず挙げるべきだろうが、主人役の片山明彦の情けなさと、偽いざりの三井弘次の存在感も指摘しておきたい。
(他に、毎度の悪党ぶりを発揮する小澤栄太郎、これまた毎度のおばあさんぶりを発揮する浦辺粂子、コメディリリーフ的な高堂國典、仇と間違われる男として丹波哲郎、岡譲司、横山運平らも出演している)

 少なくとも、観て損はない作品だった。
posted by figarok492na at 22:57| Comment(0) | TrackBack(2) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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