2006年06月10日

『羅生門』に関する断片

 予定通り、京都文化博物館まで黒澤明監督の『羅生門』(1950年・大映京都作品)を観に行ってきた。

 強い雨が降り続く京の都。
 荒れに荒れた羅生門で悄然としている志村喬と千秋実のもとに、上田吉二郎扮する下人がやって来る。
 黒澤明の『羅生門』は、そんな、まさしく「黒澤明らしい」情景から物語が始まる。

 で、『羅生門』がヴェネツィア映画祭グランプリ(金獅子賞)を受賞したことや、それによって黒澤明が「復活」したこと、大映の誇る名キャメラマン宮川一夫による斬新で鮮烈な映像について、さらには芥川龍之介の原作『薮の中』と脚本の違いに関して、くどくどと語る必要はあるまい。

 今回久しぶりに『羅生門』を観直して印象に残ったのは、橋本忍が、後年いわゆる「邪劇」(『八つ墓村』や『幻の湖』など)の書き手となることの片鱗が、すでにこの『羅生門』の中にも明確に表れていること。
 そうした点さえも巧みに汲み取りながら、黒澤明が実験的な作品として『羅生門』を完成させたこと。
 しかしながら、それでもなお黒澤明の黒澤明たるゆえんであるヒューマニズム(そこには、当然ユーモアも含まれる)がしっかりと刻印されていること、などである。

 橋本忍云々については置くとしても、検非違使の裁きの場における、志村喬や千秋実の存在(「証人」であるから、その場にいること自体は何もおかしくないのだが、後ろのほうでちょこんと座っている二人の姿は、どこか「おかしい」*)、狙いに狙った早坂文雄流のボレロと京マチ子の演技のシンクロ、そして本間文子演じる巫女の狂気等々、確信犯か否かは別にして、明らかに「滑稽さ」につながる雰囲気を生み出していることは、僕には否定できない。
(確信犯的な滑稽さを言うのであれば、まずは黒澤明が付け加えたという、志村喬の語る第4のエピソードを挙げなければなるまい。あのエピソードこそ、人間の弱さと、そこから滲み出てくる滑稽さがストレートに表現されているのだから。それにしても、森雅之は巧い)

 あと、この作品が、明らかに太平洋戦争(戦中戦後のあれこれ)の影響を受けたものであることは言うまでもないだろう。

 それと、人によっては「とってつけた」と感じるかも知れないラストのエピソードと映像は、普遍的なヒューマニズムへの讃歌、芥川龍之介への「反論」**であるとともに、黒澤明の実兄の自殺ともどこかで関連しているのかもしれないと思った。

 いずれにしても、個人的には、いろいろと感じ考えさせられる作品だった。

 *ただし、本間文子が暴れ回るシーンにおいて、志村喬と千秋実の姿も俯瞰で撮影されており、彼ら二人がどう裁きの場に座っていたかがきちんとわかるようになっている。

 **黒澤明は、宮本顕治の『「敗北」の文学』を読んでいたのだろうか?
posted by figarok492na at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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