CLACLA日記を続けてお読みいただいている方には、すでにお気づきのことかもしれないが。
通常、CLACLA日記では、僕がどれほど敬愛している人の場合でも、直接面識がない方に関しては、全てフルネームは敬称略ということに統一させてもらっている。
(例えば、「筒井康隆」とか「小林信彦」のように。一方で、面識があっても、あえて敬称を略す場合もある。悪しからず)
ところが、昨日の『寒波ノロジー』の中で僕は、作家の和久峻三のことを、「和久峻三さん」と、さんづけで呼んでいるのだ。
「こらあ、いったいどないしたんや?」
「おやおやこいつ、間違いよったんか?」
「こやつは、何ぞ和久峻三に借りがあるんとちゃうやろか?」
などと、妙に勘ぐられても仕方がないので、すぐに種明かしをすると、実は、僕は一度だけ和久峻三さんと直接お話しをしたことがあるのである。
それで、敬称をつけさせていただいた次第なのだ。
あれは、今からちょうど十年ほど前のことだ。
大学院を修士課程で修了することに決めた僕は、あちこちそちこちと、就職活動に励んでいた。
(まさか、その頃はぶらりひょうたん的な生き方をするとは思ってもいなかったので)
ある日、僕は新聞の求人欄で、作家の和久峻三さんがアシスタントを募集しているのを知った。
こりゃ、面白そうだな。
そう思った僕は、早速履歴書その他一式を郵送したのである。
すると、応募者多数ゆえ、筆記試験及び第1次面接を行います、との返事があった。
まあ、せっかくだしな。
僕は、返事の封書にある如く、左京区のとある場所へと足を運んだ。
(そこで、昔好きだったことのある人と偶然会ったり、別のパーティー会場に紛れ込んでしまったりと、自分らしいあれこれがあったのだが、ここでは割愛する)
会場について驚いた。
すでに、20人(30人?)近くの人間が集っていたのである。
うわちゃ、結構多いなあ。
などと、心中つぶやきながら、いわゆる適性検査のようなものを済ませ、作文のようなもの(あなたが今まで読んだ中で一番面白い推理小説は? という題だったので、僕はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を挙げた)を書き終えた僕は、ぐたぐたと面接を終了した。
ああ、こらあかんわ。
と、あまりの出来の悪さに、はなから諦めていると、
「最終面接に残ったので、(和久さんの)自宅のほうまでお越し下さい」
と電話があり、ほどなく地図やら何やら入った封書まで届いたのだった。
数日後の夜(7時半か8時頃)、僕は三宅八幡にある和久峻三さんの自宅を訪れた。
そこで、和久さんご本人の面接を受けるためである。
確か、和久さんは徹夜あけでお休み中で、はじめはマネージャー役として知られた奥様(という表記をここではさせていただく)と話しをしていたように覚えている。
で、10分ぐらい経ってからだろうか、少し疲れた様子の和久さんが、ゆっくりとした足取りで応接間へとやって来られた。
どちらかと言えば痩身で、売れっ子作家というよりも、どこか学者然とした雰囲気の漂う方のように思われた。
それから10分か15分ほど。
アシスタントの仕事の内容や、持参した卒業論文や大学生協の機関誌に掲載された書評(こちらの書いたものを読みたいとの仰せだったので)などにまつわる話があって、それで全ては終わった。
結局、その後連絡が一切なかったので、こりゃあ落ちたなと、僕は別の仕事先を見つけてしまったのだが。
万一、あの時和久さんのアシスタントに選ばれていたら、今の僕はどうなってしまっていただろう。
案外、作家など目指していなかったのかもしれない。
ところで、あの晩和久峻三さんが口にした中で、未だに忘れられない言葉がある。
「売れ過ぎると、本当に書きたいものが書けなくなる」
正確には、違う言葉だったようにも思うが、ニュアンス自体はこれで正しいはずだ。
和久さんだからこその言葉だと、僕は強く思う。
さまざまな意味で。
2005年01月14日
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ちょっと頭に残ったので・・・
ものをつくる人間にとって全く売れないのも困りますが、売れすぎも、和久さんの言葉通り「つくりたいものがつくれなく」なってしまいますね。全く同意です。
多くのものづくりは売れることを望みますが、その望みが叶うとまた別の問題が・・・
そのへんを上手くやるのもまた才能なのでしょうね。
いつも、ありがとうございます。
何気ない口調でおっしゃったように覚えていますが、だからこそ忘れられない言葉ですね。
>miyavilogさんへ
いつも、ありがとうございます。
そうですよね。
まず、全く売れないのも困りますが…。
本当に難しいものです。
(まずは、評価されないと…)
*当方に誤記があったため、その引用箇所を訂正させていただきました.