2004年12月15日

どっちにしたって

 今年、2004年は、チェーホフが亡くなってから、ちょうど100年目にあたる年だった。

 僕がチェーホフに親しみだしたのは、今から10年程前、院生時代に、ちくま文庫から出ていたチェーホフ全集をこつこつと買い始めたことがきっかけだった。
 第9巻と第10巻(ともに戯曲集)、そして第12巻(『サハリン島』他)こそ欠けているが、全て品切れ状態となった今では、僕にとって大切な宝物である。
(実は、友人に全冊貸していたのだが、どうしても必要な用件があって送り返してもらった)

 といって、チェーホフがものした小説を、全て優れた作品だなどと評価するつもりは毛頭ない。
 それどころか、その大半は、玉石混交の「石」だと言ったほうが、実は適切なのかもしれない。
 だが、そうした創作の積み重ねが、後年の傑作(『かもめ』、『ワーニャ叔父さん』、『三人姉妹』、『桜の園』)を生み出すばねとなったことも、また否定できないはずだから、それこそ「もって他山の石とすべし」とも僕は思う。

 チェーホフの作品では、『タバコの害毒について』(柄本明が素晴らしい舞台を観せてくれた)を下敷きにした『演劇の害毒について』という一人芝居を上演したことがある。
 知人に何かやってくれと頼まれて、いやいや引き受けた舞台だが、お客さん方からはそこそこ笑いが取れたものの、知人の性癖をネタに使ったために、後で大目玉を喰らってしまったっけ。

 僕など、どうしようもない大根役者だが、許されることなら生涯に一度だけ、どうしても演じさせてもらいたい役がある。
 それは、『三人姉妹』の、チェブトゥイキンである。
 はっきり言って、かっこいい登場人物ではない。
 それどころか、全編間の抜けたシニカルな言動ばかり繰り返す「かなしい」人物である。
 けれど、僕は、そんな彼にひかれてしまう。
「我々はいないんだ。この世の中、何にもありゃあせんのだ。ただ存在しているような気がするだけさ。どっちにしたっておんなじことさ」
 という、終幕の彼の台詞を、舞台の上で口にしてみたいものだ。

 チェーホフが亡くなって100年。
 彼の作品、特にその戯曲は今も忘れ去られず、いや、それどころか、さらに輝きを増しつつあるように、僕には思われる。
 そして、悲愴と皮相の間で、冷徹な視線を保ち続けた彼の姿勢から、現在の僕たちがくみ取らなければならないものは、まだまだ少なくないようにも感じられる。
 果たして、それがチェーホフ本人にとって幸福なことだったのか、それともそうでなかったのか。
 そう問われて、
「どっちにしたっておんなじことさ」
 と、チェーホフはチェブトゥイキンさながら呟くのかもしれないが。
 
posted by figarok492na at 01:22| Comment(8) | TrackBack(0) | 役者を夢みて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
スタニスラフスキーの盟友、メイエルホリドがチェーホフを演出したというんですが、
どんなんだったんでしょうね。

芝居嫌いを公言していた夏目漱石が戯曲を書いていたら、
チェーホフみたいなことになったかもしれぬと、おもっております。
Posted by breakaleg at 2004年12月15日 18:17
 いつも、ありがとうございます。
 メイエルホリドのチェーホフには興味がありますね。
 たぶん、スタニスラフスキーの演出方法に対して、「批判的」な視点を持ってのぞんだのではないでしょうか?

 夏目漱石が戯曲を書いていたら…。
 確かに、チェーホフのような作品になった可能性は高いかもしれませんね。
 笑い(ユーモア)の質、という点から考えても。
Posted by figaro at 2004年12月15日 19:08
「三人姉妹」というと、青年団リンク+地点の三浦基・演出のものが
最近では出色なのですが、話に聞かれたり、ご覧になったことはありますか?
Posted by breakaleg at 2004年12月16日 00:56
 もちろん、知っています。
 京都でも上演されたので。
 どうしても、外せない予定があり、結局観損ねてしまいました。
 悔しいかぎりです。
(三浦基さんの演出では、松田正隆さんの『海と日傘』を観ています)

 ちなみに、こんにゃく座の『三人姉妹』も観損ねました。
Posted by figaro at 2004年12月16日 02:02
「海と日傘」は私も見ました。
「美しい日々/MOTHERS」を見たときはちょっと驚きましたけど。
(アイヴズの“The Circus Band”みたいな感じです)
先日の「じゃぐちをひねればみずはでる」は、
モノクロームサーカスの飯田茂実さんにも
直接聞かれましたが、あいにく見てません。
でも、来月1日からアトリエ春風舎で公演があるんです。
当の「三人姉妹」ですが、私ヴォイスパフォーマンスなどやっておりまして、
この春も「超歌唱オペラ チャクルパ」なんていうのに出ましたもので、
そういう体験を踏まえてみますと、珍しさはあっても目新しいものではないなあ、と。

でも、三浦氏の演出は、現代音楽の打楽器音楽の実演を見るようで好きなのです。
ヴァレーズの「電離/Ionisasion」とか、ケージの「Second Construction」とか。
Posted by breakaleg at 2004年12月16日 23:20
 コメント、ありがとうございます。
 非常に刺激になります。

 『じゃぐちをひねれば…』は、僕も観ることが出来ていません。

 ヴォイスパフォーマンス、面白そうですね。
 ちょっと気になります。

 アイヴズ、ヴァレーズ、ケージのたとえ、いいですね。
 ちょっといただいたコメントからはずれてしまいますが、各々聴きたくなってきました。
Posted by figaro at 2004年12月17日 01:42
誰かわかります?よね。また、来ちゃいました。今日は足跡残していきます。

実は昨日今日と林英世さんの戯曲読解・アクティングのWSで『三人姉妹』をやりました。読み解いていくうちに、登場人物達にとても親近感を覚えました。今も昔も悩み事はかわらんな、と。

私は、ナターシャ希望です。
Posted by Tの室 at 2004年12月19日 22:58
 おお!
 コメント、ありがとうございます。
 危険なブログにようこそ(笑)。

 えっ、そうなんや。
 林さんのところで、『三人姉妹』やってたんかあ。
 参加すればよかったなあ。
 チェブトゥイキンやらせてもらえたかもしれないし…。

 夜の部は一つアップしたけど、せっかくだから、ちょいとTの室さん用に何か考えてみましょう。
Posted by figaro at 2004年12月20日 00:26
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