2004年11月24日

SはストーカーのS(CLACLA日記)

 今日も晴れ空。
 いいお天気。

 昔、『かぼちゃワイン』というアニメ番組のテーマ曲に「LはLOVEのL」とかいう歌詞があったはずだ。
(詳しい内容までは覚えていないけれど、相当明るい曲調だったのではなかったか?)
 で、このブログを続けてお読みの方にはもうおわかりだと思う。
 今日のタイトルの意味が。
 ここ数日、S君の電話攻勢がいつにも増して凄まじいのだ。
 体調を崩して、直接会う機会を失ったからだろう、昨日の晩も、24日か25日に会えないかと尋ねる電話がかかってきた。
 いくらぶらりひょうたん的な生き方をしているからとはいえ、そうそう人と会う時間ばかりをつくってもいられない。
 まして、相手はS君。
 無理をしてでも会いたいと思えるような「友人」ではない。
 それで、多忙を理由に断ったのだけれど、今日の午前中にまた電話が入った。
 「今日、やっぱりだめですか?」
 そら、あかんやろう。
 だめだ、と不機嫌に答えたところ、すごすごと引き下がった。
 が、昼すぎ、またぞろ電話がかかってきたのだ。
 どうやら行きつけの本屋で、三日間連続で、ライトノベルを読みふける長髪の男性を見かけた云々かんぬんと言うのである。
 そいつを観続けているお前もどうかと思うよ、という言葉は呑み込んで、早々に切り上げはしたが。
 やっぱり、ナンバーディスプレイが必要だな。
(日中は、仕事関係の電話が入るので、全く知らん顔もできず…。かけるな、と強く言っても平気でかけてくるところが怖い)
 彼は、いわゆる「ヘテロ」らしいので、女性を好きになったり、つき合いだしたりしたら、えらいことになるだろうなと思ったりもする。
 他人のふり見て、我がふりなおせ!
 いい「勉強」になりますな、全く。
 でもさ、やっぱりうっとうしいんだよね!!

 NHK・FMで、古典派の作品のCD録音の放送を楽しむ。
 まずは、ハイドンのオラトリオ『四季』のハイライト。
 ヘルムート・リリングの指揮する、シュトゥットガルト・バッハ・コレギウム合奏団他による演奏。
 ハイドンの宗教曲は、明るくて快活でユーモア感覚も発揮されていて(例えば、自作のびっくり交響曲の旋律がアリアに利用されたりしている)、「人間の姿」がくっきりと表されているから大好きなのだけれど、リリングたちはそんな作品の魅力を充分に引き出した演奏を行っていたと思う。
 清潔感あふれるソリストや合唱団の歌唱にも、共感できた。
 ケルビーノの弦楽四重奏曲第6番は、ピリオド楽器の演奏団体ハウスムジークによる演奏。
 これは、前々から欲しいと思っていたCD録音。
 古典派の様式を堅固に守りつつも、歌劇の作曲家として知られているだけに、ドラマチックな部分や美しい旋律が随所に顔を出して、とても面白かった。
 やはり、このCDは欲しい。
 他に、フンメルの協奏的な作品(オーボエのための)、トーマス・ハンプソンの歌うメンデルスゾーンやウェーバーの歌曲、同じウェーバーの歌劇『アブ・ハッサン』序曲も放送された。
 いやあ、大満足!

 京都演劇大賞の審査結果や個人的な審査基準についてのメモを下書きし、ワープロ打ちしておく。
 演劇大賞そのものに関する小考も、別添として送付するつもり。
 言うべきことは、きちんと言っておかないと。

 『日本の現代演劇』を読了する。
 この本以降の演劇界の状況や、この本ではほとんど触れられなかった日本の新劇史に関しても調べ直したいと思った。

 『岩城宏之のからむこらむ』<新潮文庫>を読み始める。
 指揮者としての岩城さんの評価は置くとして、僕は岩城さんのコラムが好きだ。
 いささか浅薄に感じられるところもなくはないが、素朴な「正義感」は、誰かに与えられたものといった嘘臭さがなくて、好感が持てる。
 美文調ではない文章文体も、非常に読みやすい。
 CLACLA調が嫌いでない方には、案外おすすめかもしれない。

 NHK・FMで、NHK交響楽団の定期公演の実況中継を聴く。
 指揮は、前回と同じイタリア人のファビオ・ルイージで、プログラムは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の2曲。
 ラフマニノフは、ネルソン・ベルガーのソロ。
 第1楽章で破綻しかけた部分もあったが、リリカルな雰囲気を全面に押し出した演奏で、この曲にありがちな「騒々しさ」がなく、好感が持てた。
 アンコールの、同じ作曲家の前奏曲は、さらに叙情性に富んだ演奏。こういうアンコールならば、もう一曲ぐらい、とお願いしたくもなる)
 悲愴交響曲は、先日マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を聴いたばかりだが、今晩のルイージとN響のコンビもなかなか悪くなかった。
 ルイージはオーケストラをよくコントロールして、特にチャイコフスキーの美しい旋律を活かす音楽づくりをしていたように思う(両端楽章や、第2楽章など)。
 ただ一方で、第3楽章のように激しい響きが求められる部分では、あまりにも巧くまとまりすぎて、この作品にひそんでいる狂気のようなものを、あまり感じ取ることができなかったのも事実であるが(これは、ホール=サントリーホールの音響のせいもあるか?)。

 『鶴丸文造の遍歴時代』の筆入れと打ち直しを進める。45枚分程度。
 何とか、第3章まで終わった。
 まだまだ。

 ウクライナの大統領選挙に関し、野党派の国民が大規模なデモを行っているという。
 アメリカ政府も、今回のウクライナでの選挙に「不正」があったと言及しているらしいが、おいおい、お前が口にすなよ! ときつい突っ込みを入れたくなるのは、僕だけだろうか?
 それと、ブッシュの親父(元大統領)が命拾いしたそうだ。
 ご愁傷様!
 
posted by figarok492na at 21:18| Comment(4) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「かぼちゃワイン」に反応するワタクシ。
・・・確か大人になってからの続編もあるんですよね、原作は。

そのS君もなぁ。人の都合も・・・てか、普通はそんだけ断られれば空気読めそうなものですが。

「S is for Stalk」ですかね??本来の「ストーカー」は知らない人間がやる場合を指す、と何かで目にしたことがあるのですが・・・。
ロシアSFに「ストーカー」というのもありますが・・・もう手に入りにくいでしょうね。
Posted by say_say_say at 2004年11月24日 19:51
 いつも、ありがとうございます。
 へえ、そうなんですか。
 知らなかったです。

 相当きつく言うと、治まりますが、少し経つと同じことを繰り返します。
 もっと厳しくならないと、と思います。

 日本の場合、知らない人間よりも、身近な人間がそうなりやすいと聴きました(語源は別にして)。
 なんだかなあです…。
Posted by figaro at 2004年11月24日 21:23
ナンバーディスプレイはいけます。
これで、私は数年前、子供の幼稚園関係のおかーさんたちからの「ちんたら電話」を撃退しました。

新しい電話器を買うのがもったいなくて、NTNからナンバーディスプレイだけ買ったのですが、その後電話器のほうが安くなりました。。。

ラフマニノフと誕生日が同じなんです、わたし。
今TVのフコク生命のCMで「二番」がちょろっと聞こえてきます。
Posted by choro at 2004年11月25日 20:34
 いつも、ありがとうございます。
 やっぱり、導入のほう、本気で考えてみようかなと思います。
(皮肉なことに、S君本人が「ナンバーディスプレイにしはったらどうですか?」と口にしていたし…)

 ラフマニノフと同じということは、春の一日ですね。

 そのCM知りませんでした。気をつけておこうと思います。
Posted by figaro at 2004年11月25日 21:34
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