2004年11月06日

Re:スペクト(CLACLA日記)

 と言っても、あまり人を尊敬するような性質でなし。
 この場合は、「配慮」するとか「留意」する程度に受け止めておいていただければ、ありがたい。

 今日も朝からいいお天気。
 日中は、穏やかな感じのする一日だった。

 京都府立文化芸術会館まで、劇団パノラマ☆アワーの『Re:ハウス』を観に行く(作・演出は、右来左往)。
 京都演劇大賞の審査のため。
 事故で両親を失った少女が、死者との交流などを通して、引き取り先の叔父一家とともに新たな道を歩み出す、というのが物語の大筋だけど、難しい事どもをやさしく伝えるというのが信条の右来さんの作品らしく、あちらこちらに「演劇的」な工夫や仕掛けがこらされていた。
 死者と生者の交流−対話という点では、井上ひさしの『父と暮せば』の影響を想起せずにはいられないが(右来さんは井上ひさしを敬愛しており、『父と暮せば』を来年演出予定でもある)、他にも、主人公の「内面」の問題という点を考慮に入れれば、ミヒャエル・エンデやピーター・パン、鏡の国のアリス、といった諸作品との関係性についても言及することはできるだろう。
 しかし、右来さんと役者陣の創り出す舞台は、頭でああだこうだと解釈するよりも、もっと素直に受け止めたほうがよいのかもしれない。
 実際、今回の『Re:ハウス』でも、観る側のカタルシスを喚起するような場面がきちんと盛り込まれていたのだから。
(その点について、「あざとい」という評価を下したり、生理的に受けつけないという人たちがいることもまた事実であって、僕にもそれは理解できないことではない。だが、全てを認めた上で、あえてこうした自分なりの芝居をやっていくという右来さんの「意地」、というか「心情」を、僕は認めたいとも思うのである)
 ただ、今日の公演は、演技の面でしっくりこない感じがどこかにあり、さらには若干のミスも散見された。
(終演後、右来さん本人が、自分自身の演出も含めて厳しい言葉を口にしていたが、これはうちうちのことゆえ割愛したい)
 とはいえ、今回の作品と役者陣が一定の水準を超えていること自体に疑いはなく、本選作品として推薦せざるをえまいと、僕は考える。
(これは、右来さんやパノラマ側の問題と言うより、大賞事務局側が考慮すべき点だと思うのだけれど、すでに京都演劇フェスティバルそのものに対して多大な貢献を果たしてきた右来さん並びにパノラマ☆アワーを、こうした演劇コンクールにノミネートすること自体、何か判断を誤っているのではないだろうか? 戦略的な主宰者であり、マンネリズムを嫌悪する右来さんが、ノミネートを積極的に引き受けることについて、僕は何ら反対ではないし、その創作者としての「熱意」には強い共感を覚えるものである。だが、今後の賞の正確を明確にしていく上でも、「超ベテラン」から「新進気鋭」までを横一列に並べる今の演劇大賞の在り方には、やはり再考が必要であると、僕は感じるのだ)

 帰り、河原町に出たが、ハーゲンダッツでメイプルウォールナッツのアイスクリームを買って、食べ歩きした程度。

 『百年の恋』を読了する。
 昨日、『妊娠小説』に関して少し触れたが、この作品は「望まれない」妊娠を描いている訳ではないので、斎藤美奈子の定義によるところの「妊娠小説」にはあたらない(いわゆる、「懐妊小説」だ)。
 ただ、だからと言って、そしてユーモア・タッチの作品だからと言って、「アットホーム」な家庭−育児を描き上げた小説だなどと思って読み始めると、相当痛いめにあう。
 全編、苦い苦い。
 日頃、当たり前だと思わされている事どもが、どれほど妙ちきりんであり、どれほど思い込みであるかということを、強く思い知らされる。
 まさに、良薬は口に苦しの喩えどおりだ。
 家父長的家庭観、育児観に縛られている方たちにこそ、一読してもらいたい一冊。
(てか、育児って本当に大変なんだ、ということを実感させられる一冊)
 「小説」そのものとしても、もちろん工夫がなされていて、なかなか飽きさせない。

 清水義範の『春高楼の』<講談社文庫>を読み始める。
 明治30年代の東京帝大生を描いた、という段階で、夏目漱石の『三四郎』がすぐに思い浮かぶ。
 明らかに、『三四郎』がこの作品の下敷きにあることは疑いようのない事実だろう。
 ただ、主人公が弘前に生まれ仙台で学んできた、という点に、僕は井上ひさしをも思い浮かべてしまった。
 果たして、その点どうだろうか?

 明日は、友人と連絡がつかなければ、梅田まで買い物に出ようかと思っている。
 明日も晴れないかな。
 
 
posted by figarok492na at 22:10| Comment(4) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おっしゃる通りで、人間国宝の刀杜氏と入門したばかりのペーペーを一緒くたにして評価するようなものですし。
ひとつのフェスティバルで評価するとしても、いくつかの賞に分けるのが当然でしょう。
・・・下克上を狙うなら別ですが。
Posted by say_say_say at 2004年11月06日 22:23
 いつも、ありがとうございます。
 そうですよね。
 下克上を云々するようなコンクールとも言えないし…。
Posted by figaro at 2004年11月06日 22:36
私もReハウス見ました。
見終わって思ったのですがあの劇を見て泣いていた人は何に対して涙が出たのでしょうか?けなしているのではなく、素直に心が動かなかった私です。
右来さんの他の作品で、ぐっと胸にくるものがあって、とても言葉で表せなかったという経験が私にもあるので、無理な注文と思いつつ、他の人の感想を少しでも知りたく、あちこちの書き込みをのぞいています。こんなこと書かれても困ると思います。
はい、すみません・・。失礼します。
Posted by narita at 2004年11月09日 15:00
 コメント、ありがとうございます。
 そうですね。あの舞台に涙を流している人たちがいたことは確かです。
 一方でnaritaさんのように、全く心が動かない人がいたことも事実だろうと思います。
 他の人たちの意見を聴く、読む、とともに、naritaさん自身が、自分の素直な感想を表されては如何でしょう。
 例えば、関西観劇ネットワークに登録して、レビューをアップする形など、一番手頃なのではないでしょうか。
 たぶん、そうすることで意見の交換も拡がるような気が僕にはします。
(僕自身としては、困ることはないですよ。ただ、涙を流した理由については、全て想像によることになるので=いくつか解答を思い浮かべつつも、ここでは差し控えますが)
 
Posted by figaro at 2004年11月09日 22:00
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