2004年10月14日

ちょっと惜しい話(CLACLA日記)

 『ちょっといい話』を読んでいるので、何かいい話はないかと思って記憶の糸を辿ってみたのだが。
 結局、クノッソスの迷宮に足を踏み入れてしまっただけだった。
 仕方がないので、「ちょっと惜しい話」でお茶を濁すことにする。
 高校時代、放送部員だった僕は、現国の教師から佐多稲子の『樹影』出版記念企画の録音に狩り出されたことがあった(佐多さんは、僕と同じ長崎の出身)。
 記念碑の除幕式に続いて、講演会というか座談会が催され、当然僕らエキストラもその会場へと赴いた。
 そこで、僕は驚喜した。
 何と、座談会のゲストの中に、女優の原泉がいたのである。
(原泉と言っても、今では誰のことやらわからない人のほうが多いと思う。「鬼ババア」という言葉がぴったりとくるような、独特の形相をした女優さんで、晩年には、伊丹十三の『タンポポ』や『マルサの女2』に出演していた)
 プロレタリア作家の中野重治夫人としても知られた原さんだったが、小学生の頃から横溝正史の作品を読みふけっていた僕にしてみれば、何と言っても原さんは、『犬神家の一族』の犬神松子の母親お園ばあさんだったのだ。
 佐多さんから直筆サイン入りの『樹影』の初版本をいただいたにもかかわらず、座談会終了後僕が突進したのは、もちろん原さんのところへだった。
「原さんは、横溝正史の作品によう出とらすですよね」
 緊張しつつも、僕は原さんにそう声をかけた。
 すると原さんは、例の独特の形相をいくらか柔和にして、
「ああ、あれはねえ」
と、答えてくれ始めたのだが。
 無念。僕は、急に現国の教師に呼ばれてしまい、その先を伺うことができなかったのだ。
 もしかしたら、横溝正史と中野重治との知られざる関係について拝聴できたのかもしれず、悔やんでも悔やみきれない、僕にとってはちょっと惜しい、いや非常に惜しい話である。
(横溝正史と中野重治の関係についてお知りの方は、ぜひともご教示下さい)

 作家で翻訳家の矢野徹が亡くなる。81歳。
 矢野さんがこの国の「SF世界」に与えた影響は、やはり忘れてはなるまい。
 黙祷。

 フォーク歌手の山平和彦も亡くなる。52歳。
 自動車事故のため。どうもひき逃げらしい。
 「放送禁止歌」は何度か耳にしたことがあった。
 黙祷。

 指揮者の小松長生がコスタリカで強盗に襲われ、鼻の骨を折るけがをしたそうだ。
 小松さんは、現在コスタリカの国立交響楽団の芸術監督を務めているとのこと。
 コスタリカは非武装平和主義の国として知られているが、やっぱりこの国にも悪党はいるのであった。

 『鶴丸文造の遍歴時代』エピローグの下書きを終える。
 明日、ワープロ打ち・打ち出しをして、第1稿が完成だ。
 本当に、これからが恐ろしい。

 『ちょっといい話』を読了する。
 確かに、ちょっといい話の宝庫ではあったが、若干エピソードの対象が古すぎるような気がしないでもなかった。
 まっ、これは仕方がないことか。

 戸板康二とは関係浅からぬ、神吉拓郎のエッセイ集『たべもの芳名録』<文春文庫>を読み始める。
 ちなみに、神吉さんの小説をたべものに喩えると、ふぐの刺身、ひらめの縁側、専門店のうまい木綿豆腐、とでも言えようか。

 「怒り心頭」で、ケント・ナガノ指揮のマーラーの復活交響曲を聴きそびれてしまった。
 でも、CD録音から、ケント・ナガノ監修、シューベルトの「きけ、きけ、ひばり」(マルクス・シェーファー独唱)とデンツァの「フニクリ・フニクラ」(器楽合奏)が聴けたのは、もうけもの。
 ともに、シェーンベルクの編曲によるものだが、今度中古店で見つけたら絶対に買おうっと。

 ありゃりゃ、またぞろたんしょう君が歌ってるよ。
 君の歌下手っぴいだから、あんまり聞きたくないんだけどなあ。

 

posted by figarok492na at 17:55| Comment(2) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
矢野 徹氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

 味のある良い作品を書かれた方ですね・・・
Posted by へれなっち at 2004年10月15日 01:41
 コメント、ありがとうございます。
 翻訳本でもお世話になりました。
 本当に黙祷。
Posted by figaro at 2004年10月15日 01:42
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