2024年02月23日

今日聴いた音楽からA(2024/2/23)

 マレク・ヤノフスキとドレスデン・フィルが演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」と第8番「ザ・グレート」<PENTATONE>を聴いた。
 ヤノフスキは1939年にポーランドのワルシャワで生まれたが、幼少期からドイツで学んだこともあり、現在ではドイツの指揮者と見なされている。
 事実、そのレパートリーの核も古典派からロマン派を経て、現代音楽に至るドイツの作曲家だ。
 ヤノフスキの指揮の特徴はオーケストラをバランスよくコントロールし、均整のとれた音楽をつくるところにあるのではないか。
 このシューベルトでも、そうした彼の特徴がよく表れている。
 速いテンポで粘ることなく、かつ歌唱性にも富んだ見通しのよい音楽だ。
 そうした音楽づくりは僕自身の好みにもぴったりあっている。
 ただ、そうした音楽づくりだからこそ、物足りなさを感じた点もあった。
 それは、ティンパニの音がやけに遠くに聴こえたことである。
 もちろん、何がなんでものべつまくなしティンタンティンタンティンパニが響いていればよいというものでもないが、しかし、この録音では他の楽器の分離の良さに比べて、防音マットでも被せているんじゃないかというのは言い過ぎにしてもティンパニの音が目立たない。
 ヤノフスキの音楽の好みもあるのだろうが、未完成にしてもザ・グレートにしてもここぞというところでのティンパニの一閃は大きな意味を持っている。
 それが今一つしっかり聴こえてこないというのは、もどかしい。
 そこがクリアであれば、より魅力的なアルバムになっただろうに。

 もしかして自分の耳のせいではと、試しにヤン・ヴィレム・デ・フリーントが京都市交響楽団とハーグ・レジデンティ管弦楽団を指揮したザ・グレートの一部をながら聴きしたが、ピリオド・スタイルということもあってかティンパニがよく鳴っていた。
 ううん。
posted by figarok492na at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇誕生日(CLACLA日記)

 天皇誕生日。
 世は三連休の一日目。
 弥栄弥栄。


 どんよりとした感じが続く。
 青空も見えてはいたが。

 気温も上がらず。
 まだまだ寒い。
 皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 体調、未だ芳しからず。
 咳込みも続いている。


 戦争反対!
 火事場泥棒の改憲にも反対!
 中東も非常に危うい状態になってきた。
 この先、本当に不安でならない。

 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、amazon music unlimitedでクイン・グエンが弾いたタイユフェールのピアノ作品集、ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団が演奏したドビュッシーの牧神の午後への前奏曲、KBS京都でナインティナインのオールナイトニッポンを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたのち、2時少し前に寝床に就く。


 10時台に起きる。

 午前中から午後にかけて、CDでアルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団が演奏したロッシーニの歌劇『コリントの包囲』序曲、歌劇『セミラーミデ』序曲、歌劇『ウィリアム・テル』序曲、歌劇『アルジェのイタリア女』序曲、ドーマスが演奏したブラームスのピアノ4重奏曲第1番を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。

 滝口悠生の『水平線』<新潮社>を読了する。
 読み応えのある作品だった。


 14時台に外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、CDでジョン・ウィリアムズ指揮ボストン・ポップスが演奏したジョン・ウィリアムズ自身のオリンピック・ファンファーレ、映画『11人のカウボーイ』序曲、帝国のマーチ、ミッション・テーマ、『スター・ウォーズ』のメイン・タイトルを聴いたりしながら雑件を片付け、amazon music unlimitedでオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』組曲を聴き、ヴァイオリンのタスミン・リトルとピアノのマーティン・ロスコーが演奏したベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第8番、第9番「クロイツェル」、第10番、TBSラジオ『ハライチのターン』アフタートークのポッドキャストを聴いたりしながら仕事関係の作業を進めたり、作品の改稿作業を行ったりする。


 夕飯後、amazon music unlimitedでクシシュトフ・カチカとフェリペ・トリスタン指揮ヤナーチェク・フィルが演奏したライネッケのフルート協奏曲とペンデレツキのフルートと室内オーケストラのための協奏曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。

 入浴後、amazon music unlimitedでマレク・ヤノフスキ指揮ドレスデン・フィルが演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」と第8番「ザ・グレート」を聴き、ジャン=ニコラ・ディアトキンが弾いたショパンのピアノ・ソナタ第3番と前奏曲全曲を聴いたりしながら仕事関係の作業を進める。


 今日は、山崎製パンの吹雪まんを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日聴いた音楽から@(2024/2/23)

 ストラヴィンスキーが遺した数多い作品の中で何が一番好きかと問われたら、迷うことなくバレエ音楽『プルチネッラ』を挙げる。
 ペルゴレージ、と思いきや実は無名のドメニコ・ガッロやらヴァッセナール伯やらの音楽を下敷きにしてストラヴィンスキーが仕立て直した茶番劇。
 できれば三人の独唱者も加わった全曲版がいいが、美味しい部分を選り抜いた管弦楽だけの組曲版でも文句ない。
 なんならヴァイオリンやチェロのために編曲されたイタリア組曲でもいい。
 いずれにしても、『プルチネッラ』の音楽を聴いたら嬉しくなってくる。
 今日は、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏した組曲<WARENER>を聴いた。
 クレンペラーといえばドイツ・ロマン派の巨匠といった扱いがされがちだが、もとはといえば新即物主義的な楽曲解釈の持ち主で、第1次世界大戦後ベルリンのクロール・オペラを舞台に斬新な出し物を取り上げて大いに脚光を浴びた指揮者でもあった。
 まあ、それから幾星霜、1964年に録音されたこの録音では縦の線がきっちり揃わなかったり、リズムが緩くなったりと寄る年波による変化は如実にあらわれてしまっているのだけれど。
 かつて鳴らした人物の昔話を聴くような味わいがある。
 かえってわかりにくい譬えになるかもしれないが、若き日は新国劇の大看板として鋭い殺陣を見せていた辰巳柳太郎が、晩年あえて耄碌爺を演じきっていたというか。
 ただ、そうしたぴっちり全体をまとめ上げる演奏ではないからこそ、ストラヴィンスキーが手を加えた部分の個性、おなじみ三大バレエに通じロシア的な響きなどがよくわかるように感じたことも事実だ。
 例えば、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロンドン・シンフォニエッタ他によるスタイリッシュでシャープな演奏に慣れ親しんでいる人にこそお薦めしたい録音である。
posted by figarok492na at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする