2021年02月06日

花粉症の出かかり(CLACLA日記)

 晴天が続く。

 気温も上昇し、穏やかな一日だった。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。
 新型コロナウイルスにはお気をつけのほど。
 風邪やインフルエンザにもお気をつけのほど。


 花粉症の出かかり。
 両耳の不調も続く。


 自民党内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。

 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。


 昨夜、KBS京都で三四郎のオールナイトニッポンを聴いたりしながら作業を進めたのち、2時40分過ぎに寝床に就く。


 8時台に起きて、近くのコインランドリーで洗濯をすませる。

 その後、ABCラジオの『征平吉弥の土曜も全開!!』(冒頭、遥洋子がゲストで出ていた)、YouTubeでウカシュ・ボロヴィチ指揮ポーランド放送交響楽団が演奏したドブジンスキのピアノ協奏曲(エミリアン・マデイの独奏)、交響曲第2番「性格的」、同曲の原典版の緩徐楽章を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、作品の手直しを進めたり、江國香織の『去年の雪』<角川書店>と諸石幸生の『クラシック最新の名演名盤1001』<講談社+α文庫>を読み進めたりする。
 ドブジンスキはポーランドの作曲家で、ショパンの先駆者的存在。
 ピアノ協奏曲など、ショパン好きにはたまらない内容だろう。
 過度にならない民俗性と初期ロマン派的な抒情性をためた交響曲ともども、なかなかの聴きものだ。


 午後、仕事関係の用件を片付ける。

 13時台に外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、田坂具隆監督の『スクラップ集団』(1968年/松竹)のDVDを観て感想をアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 その後、YouTubeでアントン・シュテックとクリストフ・シュペリング指揮ラルパ・フェスタンテが演奏したモーリックのヴァイオリン協奏曲第3番と第6番、ヤニク・ネゼ=セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したシューマンの交響曲第2番と第3番「ライン」を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『去年の雪』と『クラシック最新の名演名盤1001』を読み進めたりする。
 モーリックは初期ロマン派のドイツのヴァイオリニストで作曲家。
 ピリオド楽器のソロとオーケストラが、作品の性質をよく表している。
 一方、ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管のシューマンは前へ前へと進んでいく、エネルギッシュな演奏だ。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『土曜いそべ堂』を聴く。


 夕飯後、YouTubeでスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮ヴロツワフ・フィルが演奏したルトスワフスキの管弦楽のための協奏曲と交響曲第1番、NHK・FMの『クラシックの迷宮』、YouTubeでスクロヴァチェフスキ指揮ドイツ放送フィルが演奏したブラームスの交響曲第4番、フーゴー・ヴォルフ・カルテットが演奏したヴォルフの弦楽4重奏曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『去年の雪』と『クラシック最新の名演名盤1001』を読み進めたりする。
 『クラシックの迷宮』は、今年生誕150年を迎えるステンハンマルの特集。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 21:51| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スクラップ集団

☆スクラップ集団(1968年/松竹)

 監督:田坂具隆
 原作:野坂昭如
 脚本:鈴木尚之
 音楽:佐藤勝


 『男はつらいよ』直前の渥美清をはじめ、露口茂(お元気だろうか)、小沢昭一、三木のり平という一癖も二癖もある俳優陣による題名通りの「集団」劇。
 戦前から活動していた田坂具隆の遺作でもある。

 冒頭は転がる地球儀の映像。
 ひょんなことから大阪は釜ヶ崎で出会った、し尿汲み取りが趣味と言い切る北九州出身のホース(渥美)、東京都の公園でごみ拾いを生業としていたドリーム(小沢)、生活保護のケースワーカーだったケース(露口)、安楽死を肯定する元医師のドクター(のり平)の四人は、ドクターの提唱でスクラップ集団なるスクラップ回収業をスタートさせる。
 うまい具合に成功を重ねる四人は静岡県内に拠点を移しスクラップセンターを開設するが、まるでヒトラーのような「独裁者」然とした権力志向を露わにし始めたドクターと他の三人との間に溝が生まれて…。

 といった展開の作品だが、「名称田坂具隆監督が“笑い”で描いた人間讃歌」というDVDケースの惹句は論外で、小林信彦が『おかしな男 渥美清』で記した「終末喜劇」という言葉のほうがまだ内容によくそっている。
 正直、笑いで描いたという割に喜劇的な部分では緩さが目立つし、直截な表現は図式的だし、風俗的にも古さ(というか、「今」を取り込もうとしている無理)を感じたりするのだけれど、作品の表面的なテーマであるごみの問題や生活保護の問題がいささかも古びていないことは本当に悲しい。
 それと、ケースと生活保護の対象者である笠智衆、瀧花久子(監督夫人)、宮本信子の親娘のやり取りには、鈴木尚之とコンビを組んだ『五番町夕霧楼』や『湖の琴』を思い起こし、やはり田坂監督の真骨頂はこうしたウェットな部分にあるのではないかと感じた。
 とともに、宮本信子の首筋に赤い火傷があるという設定や、奈美悦子の広島生まれの私生児(捨て子)という設定には、監督の広島での原爆体験を思わずにはいられないし、ホース、ドリーム、ケースの三人が象の死体に鉄の器具を突き刺し血が噴き出すシーンには、ケースが一瞬ためらった上で突き刺すという演技も含めて日中戦争のエピソードを想像せざるをえなかった。
 いずれにしても、戦争が色濃く映し出された作品である。

 上記の面々のほかに、ミヤコ蝶々、笠置シズ子、浜田寅彦、左卜全、高原駿雄、野々村潔(岩下志麻の父親)、織本順吉、金井大、石井均、左とん平、石井富子、森下哲夫、長浜藤夫らの出演。
 そうそう、都の公園の役人に十朱久雄(十朱幸代の父親)を配したのは、当時の美濃部都知事を意識したものではないか。
(一部のデータに椎野=西村晃とあるが、これは高原駿雄の誤り。当初、西村晃が演じる予定だったのだろう。あと、出演者の中に渡辺篤の名もあるが、これは見落としてしまったか)

 傑作とは言い切れないものの、自分にとって忘れ難い一本には違いない。
posted by figarok492na at 17:39| Comment(0) | 映画記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする