2019年10月02日

午前中病院に行き、夕方図書館に行った(CLACLA日記)

 台風18号の影響か、どんよりとしたお天気の一日。
 小雨も降る。

 じめじめむしむしとして、全く快ならず。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 気圧と湿度のWパンチ。
 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 関電幹部の金品授受の問題は、とうてい許し難いものがある。
 が、そうした資金は政治家のほうへ全く流れていなかったのか。
 それと、どうして今この問題が大きく取り沙汰されているのか。
 台風15号の被害に対する安倍内閣の姿勢や、日米関係等々、厳しく追及されるべきことは他にもあるはずだ。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 結局、香具師山師の類いには気をつけろということ。
 それにしても、ますますおぞましい状況が生み出されそうだ。
 馬鹿に付ける薬はない。


 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。


 昨夜、ABCラジオの『よなよな…火曜日』を聴いたりしながら作業を進めたのち、1時50分頃寝床に就く。


 が、5時過ぎには目が醒め、あとはうとうとした程度。
 7時過ぎに起きる。

 で、7時台に外出してかかりつけの病院へ。
 血液検査・尿検査をすませたあと診察を受け、四条通のスギ薬局で薬を受け取り、10時少し前に帰宅した。
 病院の待ち時間、岩下悠子の『漣の王国』<東京創元社>を読み進める。


 午前中、フォルテピアノのマルコム・ビルソンとジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第21番<ARCHIV>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』、フォルテピアノのロバート・レヴィンとガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークが演奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」<同>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『予兆』を書き進めたりする。
 途中、あまりの眠気に昼寝をした。


 夕方になって再び外出し、下京図書館へ。
 ヤニク・ネゼ=セガン指揮ヨーロッパ室内管弦楽団が演奏したメンデルスゾーンの交響曲全集<ドイツ・グラモフォン>、瀧井一博の『渡邉洪基』<ミネルヴァ書房>、原田マハの『常設展示室』<新潮社>、藤谷治の『綾峰音楽堂殺人事件』<ポプラ社>を返却し、予約しておいた市川安紀の『加藤武芝居語り』<筑摩書房>、メゾソプラノのジョイス・ディドナートが歌ったアリア集『ディーヴァ・ディーヴォ』<Virgin>、山田和樹指揮日本フィル他が演奏した大澤壽人の交響曲第1番他<日本コロムビア>を新たに借りる。

 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、『ディーヴァ・ディーヴォ』を聴く。
 タイトル通り、オペラのヒロインとズボン役(男役)をディドナートが歌い分けたアルバム。
 マスネの『シェリュバン(ケルビーノ)』のシェリュバンに始まり、そのままケルビーノにはいかずモーツァルトの『フィガロの結婚』のスザンナ、『皇帝ティートの慈悲』のセスト、ヴィッテリアと歌って、ようやく『フィガロの結婚』のケルビーノ、『セビリャの理髪師』のロジーナ、グノーの『ファウスト』のシーベル、ベルリオーズの『ファウストの劫罰』のマルグリート、劇的交響曲『ロメオとジュリエット』、ベルリーニの『カプレーティとモンテッキ』のロメオ、マスネの『サンドリヨン』のシャルマン王子、ロッシーニの『ラ・チェネレントラ』のチェネレントラ、マスネの『アリアーヌ』のアリアーヌ、リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』の作曲家で終わる、実に巧緻な選曲によって、ディドナートの声量の幅の広さとドラマティックな歌唱が十二分に発揮されている。
 伴奏は、大野和士指揮リヨン国立歌劇場管弦楽団他。
 アルバムの趣向をよく踏まえた的確で精度の高い音楽づくりを行っていた。


 途中夕飯を挟み、KBS京都の『角田龍平の蛤御門のヘン』を聴く。
 シーズン5のスタートで、田中、長谷川両弁護士の出演。


 夕飯後、大澤壽人のアルバムを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『漣の王国』を読み進めたりする。
 大澤壽人のアルバムは、<サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2017>で開催されたコンサートのライヴ録音で、ボストン滞在中に作曲されたコントラバス協奏曲(佐野央子の独奏)と交響曲第1番の間に、帰国後作曲されたピアノ協奏曲第3番「神風協奏曲」(福間洸太朗の独奏)が挟まれている。
 戦前、ボストンとパリで学び先鋭的な作品を生み出した大澤壽人だったが、日本の遅れた音楽的状況に戦争が加わって、その真価を発揮することができないままに亡くなってしまった。
 そうした大澤の再評価をさらに促すだろう二枚組だ。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:29| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする