2019年07月19日

フェデリコ・フェリーニ監督の『オーケストラ・リハーサル』を観た(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気が続く。
 雨も降る。

 じめじめむしむしとして、快ならず。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 気圧と湿度のWパンチ。
 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 京都アニメーションの事件について、いろいろと想い、いろいろと考える。
 今後、「テロ」が恒常化していくのではないか。
 そして、それを利用したフレームアップや様々な抑圧弾圧が強化されるのではないか。
 いずれにしても、他人事ではない。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、グレン・グールドが弾いたモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」、第16番、第15番他<SONY/BMG>、KBS京都で岡村隆史のオールナイトニッポンを聴いたりしながら、戸部良一の『昭和の指導者』<中央公論新社>を読み始めたり、作業を進めたのち、3時過ぎに寝床に就く。


 8時少し前に起きる。

 フェデリコ・フェリーニ監督の『オーケストラ・リハーサル』(1978年)をDVDで観る。
 とある寺院で行われるオーケストラのリハーサルにテレビの撮影が入るも、ドイツ人の指揮者とオーケストラ団員の間には衝突が起こり、遂には激しい対立へと到る…。
 もともとはテレビ用に制作されたもので、フェイクドキュメンタリー風の作りとなっている。
 と、言ってもそこはフェリーニのことだから、開始早々、よい意味でのうさん臭さが漂う。
 制作された同じ1978年に元首相のアルド・モーロが赤い旅団に誘拐殺害されるなど、当時のイタリアの政治闘争の過激化をはじめ、芸術と政治・社会・経済の相関関係の克明な反映であるとともに、狂気と正気のアマルガムというか、形而上と形而下に引き裂かれるフェリーニの心情の反映ともなっている。
 ちなみに、この作品がフェリーニと音楽のニーノ・ロータとの最後の共同作業となった。
(当時のイタリアの政治状況に関しては、伊藤武の『イタリア現代史』<中公新書>をご参照のほど)

 洗濯をすませたのち、大友直人指揮日本フィルが演奏したニーノ・ロータの交響曲第1番〜第3番<キング>、KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『明鏡止水』を書き進めたり、『さすらう親方の歌』の手直しを行ったりする。


 午後、ABCラジオの『兵動大樹のほわ〜っとエエ感じ。』、リカルド・シャイー指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団他が演奏したルチアーノ・ベリオの管弦楽へのトランスクリプション集(レンダリングやブラームスのクラリネット・ソナタ第1番の管弦楽版など)<DECCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『さすらう親方の歌』の手直しを行ったり、『昭和の指導者』を読み進めたりする。
 途中、あまりの眠気に勝てずしばらくうとうとした。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅する。


 帰宅後、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『プルチネッラ』全曲<同>、アレクサンダー・ラハバリ指揮ブラティスラヴァ放送交響楽団他が演奏したレオンカヴァッロの歌劇『道化師』全曲<NAXOS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『昭和の指導者』を読み進めたりする。


 夕飯後、バリトンのオラフ・ベーアがハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデンの伴奏で歌ったモーツァルトのオペラ・アリア集<EMI>、ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデンが演奏したリヒャルト・シュトラウスの楽劇『ばらの騎士』組曲と歌劇『カプリッチョ』から月の光の音楽(この曲のみ、4回繰り返し聴く)<WARNER>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『さすらう親方の歌』の手直しを行ったり、『昭和の指導者』を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:48| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする