2019年05月23日

杉葉子が亡くなった 石川寛監督の『好きだ、』を観た(CLACLA日記)

 今日も晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 気温も上昇し、暑さを強く感じる。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 俳優の杉葉子が亡くなった。90歳。
 東京の生まれで、敗戦後東宝ニューフェイスとして映画界に入る。
 『青い山脈』で一躍脚光を浴び、以後、成瀬巳喜男の『夫婦』など数々の作品に出演した。
 アメリカ人と結婚後渡米し芸能界を引退したが、その後も数本映画に出演している。
 大好きな女優さんの一人。
 中でも、成瀬監督の『山の音』の谷崎英子役(翳りを持った役回り)が強く印象に残る。
 深く、深く、深く、深く黙禱。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 丸山穂高に長谷川豊、どうにもこうにもである。
 が、彼らばかりではない。
 安倍首相一党も厳しく追及されるべきだろう。
 芸能人の大麻どうこうで大騒ぎする前に。


 記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、ABCラジオの『よなよな…』、YouTubeでユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したピストンの交響曲第4番とウィリアム・シューマンの交響曲第6番、ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」とワルター指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したシューベルトの交響曲第7番「未完成」、アン・ディ・ムジーク・メンバーが演奏したベートーヴェンのピアノ4重奏曲(ピアノと管楽器のための5重奏曲の編曲版)、コンチェルト・ケルンが演奏したヴィヴァルディの弦楽のための協奏曲とジェミニアーニの合奏協奏曲作品3より(2019年4月21日、アムステルダム・コンセルトヘボウ大ホール)を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時過ぎに寝床に就く。


 10時に起きて洗濯をすませたのち、YouTubeでコンチェルト・ケルンが演奏したヨハン・セバスティアン・バッハのブランデンブルク協奏曲第4番と第5番、管弦楽組曲第2番からバディネリ(同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、ササハラ組の連絡作業を行ったりする。


 11時台に外出して、郵便局や銀行を回る。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、アン・アプルボームの『鉄のカーテン』上<白水社>を読み進めたりする。


 GYAO!の無料配信で、石川寛監督の『好きだ、』(2005年)を観る。
 展開にはいろいろと想うところもないわけではないが、宮アあおいに瑛太、永作博美、西島秀俊(ほかに、小山田サユリ、大森南朋や加瀬亮、野波麻帆らも出演)らの演技とやり取りに魅かれたし、映像も美しい。
 この雰囲気は好きだ。
(そして、『好きだ、』があっての、『篤姫』のあのキャスティングなんだろうなと思った)


 夕方になって再び外出し、京都芸術センターで用件を片付ける。
 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、YouTubeでリチャード・ボニング指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団が演奏したオーベールの『マルコ・スパーダ』序曲、アダンの『ジラルダ』序曲、ルコックの『アンゴー夫人の娘』序曲、トーマの『ミニョン』序曲、プランケットの『コルヌヴィルの鐘』序曲、オーベールの『レストック』序曲、アダンの『ニュルンベルクの人形劇』序曲、ボワエルデューの『バクダッドの太守』序曲、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルが演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」(1947年録音)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ほそゆき』の二十三を書き終えてブログ等にアップしたりする。


 夕飯後、YouTubeでフルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルが演奏したベートーヴェンの交響曲第4番、ブラームスの交響曲第1番、ワーグナーの『神々の黄昏』からジークフリートの葬送行進曲、ウェーバーの『オベロン』序曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『鉄のカーテン』上を読み進めたりする。


 今日は、豆乳どら焼きを食す。
 河原町の業務スーパーで購入したもの。
 電子レンジで温めて、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:52| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ほそゆきのパイロット版23

☆ほそゆきのパイロット版23


 京都の底冷えはとても厳しい。
 だから、しっかり厚着をして出て来はしたのだけれど、古屋の「来てくれると思ってたんだ」という笑顔に案内されて入った劇場内のあまりに閑散とした様子に、雪子は激しい寒気に襲われた。
 東大路通から近衛通を東に歩いて五分ほど。劇団あぶらむしの公演会場ステージ・ヴァリアンテは、開演十五分前というのに、お客さんの数が自分と詠美を入れてたったの四人。胸元が広く開いた真っ赤な薄手のブラウスを着た三十代と思しき女性が最前列の真ん中に陣取り、同じ列の左端には頭髪の薄い四十代後半と思しき男性が苦虫を噛み潰したような表情で腕を組んでいる。
 何がヴァリアンテか。結局詠美に押し切られてやって来はしたものの、雪子の微かな勇気はすぐさま萎えた。
「言うてた通りやね」
 詠美がにやりとする。
「えっ」
「古屋さん」
「ああ、詠美ちゃんは人が悪いなあ」
「どっちが」
 雪子が公演プログラムを開くと、あぶらむしの主宰で劇作家・演出家の柴辻健作という人のあいさつが書かれている。

 俺の心の襞を見ろ、などと大見得を切ってはいるものの、ストレートに自分の心の襞を見せるなんて思っていたら大間違いである。世の中はそんなに思い通りに行くものではない。演劇というのは、そうした世の思い通りに行かない様、世の不条理を情理を尽くして定離させる作業の集積なのだ。今回の公演では、約三十人もの出演者たちがその作業に快く加わってくれた。これほどの喜びがあるだろうか。まさしく奇跡だ。奇跡なのだ。皆さんには、この奇跡の軌跡を心して目にして欲しい。それは大いなる輝石とも

 雪子は途中で読むのをやめて、分厚いチラシの束に目を移す。
 演劇集団汚点、新浦纏演出、レッシング『賢者ナータン』。
「好みやないけど、観て損はないな」
 詠美が解説を加える。
 こじつけ、『泳げぬたいやきくん沈没』。
「そこはおもろいよ」
 怒頭倶楽部、『何かを問えば何かがかえってくる』。
「当たりやな。ただ、そこは苦手な人がいんねん」
 上賀茂社中、『放浪者の群れ』。
「ゆっこちゃん好きやと思うわ。そこの作演の鍋島さん、京大の出身やねん」
「大学とか関係ないんと違う」
「関係してるんやてそれが」
「そうなんや」
「そうなんよ」
 劇団ポップコーン、『愛の騒めき』。
「外れやな」
 玉出家天宙、ヌーベルバーグラクゴ公演『アートの祭り』。
「その落語家さん、お芝居とかも出てはんねん」
 三ヶ島薫一人芝居京都公演、『KYO KO MACHI』。
「これは観なあかん、絶対に観なあかん。三ヶ島さんの一人芝居が三千円なんてありえへん」
 と、詠美が興奮していると、ようやく何人かお客さんが入って来た。知り合いに声をかけられた最前列左端の男性は、急ににこやかな顔付きになった。
「ともちゃん、どんな役なんやろう」
「さあなあ、ようわからん」
 などと語り合っている中年の男女は、出演者の親御さんだろうか。
「あっ、野川さん」
 という声がして雪子と詠美が振り返ると、そこには平原がいた。
「またお前か、いね、ぼけが」
 雪子よりも前に、詠美が平原に強い言葉を浴びせかけた。お客さんの目が一瞬にして詠美に集まる。
「ああっ」
 と唸ったきり、平原の声は出ない。そして、ひきつった表情のまま、平原はそそくさと最前列右端の席に腰掛けた。
「詠美ちゃん、知ってんの」
「知ってるどころやないよ、あいつほんまくずやわ」
「まあ、くずやなあ」
「ゆっこちゃんの知り合い」
「ほら、とびうめのイベントのとき遅れてしまったやろ、あのときの原因」
 雪子が平原を指差す。
「まじか、あれがあいつか」
 雪子が黙って頷いた。
「ほんま、死んだらええねん」
 詠美の声が劇場中に響き渡るとともに、平原が大きく身体を震わせた。
posted by figarok492na at 19:22| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする