2019年05月16日

水道修理の方に感謝(CLACLA日記)

 晴天が続く。
 ただし、どんよりとした感じも強いが。

 気温も上昇し、暑さを感じる。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 丸山穂高が妄言を繰り返している。
 さすがは癒党の鉄砲玉として、安倍首相一党に手を貸してきた人間だけはある。
 度し難いかぎり。


 記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、YouTubeでトマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィルが演奏したグリーグの演奏会用序曲『秋』と古いノルウェーの民謡による変奏曲、シベリウスの劇音楽『ペレアスとメリザンド』組曲、ピアノのハンス・カン他が演奏したフンメルのピアノ3重奏曲第2番を聴いたりしながら作業を進めたのち、2時40分過ぎに寝床に就く


 8時台に起きる。

 9時台に水道修理の方が来られて、洗面周りの作業をささっとすませてくれる。
 12年間の汚れが溜まりに溜まった結果で、これは仕方ないですとのこと。
 これでしばらくは大丈夫ですよとも。
 ありがとうございます!

 その後、洗濯をすませたのち、YouTubeでエンリケ・バティス指揮ロイヤル・フィルが演奏したロドリーゴの英雄的協奏曲(ホルヘ・フェデリコ・オソリオのピアノ独奏)、セレナード協奏曲(ナンシー・アレンのハープ独奏)、田園協奏曲(リナ・ハンセンのフルート独奏)、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団が演奏したマスネの組曲第4番「絵のような風景」と第6番「おとぎの国の風景」、歌劇『ドン・キショッテ』からドン・キショッテのセレナードとドゥルネシアの悲しみを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、一條次郎の『ざんねんなスパイ』<新潮社>を読み進めたりする。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』、YouTubeでエードリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルが演奏したホルストのサマセット狂詩曲、ハマースミス、スケルツォ、ベニモラを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『俺は芸術家』を書き進めたり、『ざんねんなスパイ』を読み進めたりする。


 17時半頃外出し、下京図書館へ。
 横溝正史の『殺人暦 横溝正史ミステリ短篇コレクション5』<柏書房>、『新・二都物語』<文藝春秋>、小津安二郎監督の『彼岸花』、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルが演奏したシューマンの交響曲第4番他<RCA>を返却し、予約しておいたヴァレリー・アファナシエフが弾いたシューベルトの楽興の時とピアノ・ソナタ第17番<ECM>、テノールのマーク・パドモアがポール・ルイスのピアノ伴奏で歌った同じくシューベルトの歌曲集『白鳥の歌』他<ハルモニアムンディ・フランス>を新たに借りる。

 その後、河原町界隈で用件を片付け、夕飯用の買い物をすませて18時半過ぎに帰宅した。


 帰宅後、アファナシエフが弾いたシューベルトのアルバムを聴く。
 ライナーノーツには、与謝蕪村の俳句との関係をアファナシエフ自身が綴っているが、まあ、それはそれ。
 表面をならした流れのよい音楽とは対極にある演奏だ。
 緩急強弱、いずれも一筋縄ではいかないけれど、澱んだり濁ったりはしない。
 聴いているうちに、取り込まれてしまいそう。

 仕事関係の作業を進めたり、『ざんねんなスパイ』を読み進めたり、雑件を片付けたりする。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『伊藤史隆のラジオノオト』(特番)を聴く。


 夕飯後、パドモアが歌った『白鳥の歌』他を聴く。
 鳥の羽が風を舞っているかのようなパドモアの軽くて伸びのある美声。
 だからこそ、感極まったときの声の変化が強く印象に残る。
 ルイスも、パドモアの特性魅力によく副った繊細な伴奏を聴かせた。


 その後、YouTubeでボールト指揮ロンドン・フィルが演奏したアイルランドの2つの交響的練習曲、『オーヴァーランダーズ』組曲、コンチェルト・パストラーレ、ロンドン序曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ざんねんなスパイ』を読み進めたりする。


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:46| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする