2019年05月14日

京マチ子が亡くなった(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気へ。

 気温も幾分下がったか。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 俳優の京マチ子が亡くなった。95歳。
 大阪市の生まれで、戦前は大阪松竹少女歌劇団に所属し、敗戦後大映に入り、日本を代表する映画俳優の一人として活躍した。
 また、映画衰退ののちも、テレビドラマや舞台に長く出演し続けた。
 溝口健二監督の『雨月物語』や黒澤明監督の『羅生門』など、出演作多数。
 妖艶な女性役を得意にしたが、京さんで印象に残るのは、不細工ないとはんを演じた伊藤大輔監督の『いとはん物語』だ。
 あれは、本当に切なかった。
 深く、深く、深く、深く黙禱。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 佐藤浩市のインタビュー内容を曲解した三流作家や三流文士あたりがああだこうだと恥さらしの言葉を連ね、それにそそのかされた連中が恥の上塗りを続ける。
 一方で、癒党の丸山穂高衆議院議員が酒に酔って愚劣な発言を行う。
 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。

 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、作業を進めたのち3時過ぎに寝床に就く。


 9時頃起きる。

 午前中、YouTubeでピエール・モントゥー指揮ボストン交響楽団が演奏したチャイコフスキーの交響曲第4番と第5番、アルトゥール・ロジンスキー指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したラヴェルのスペイン狂詩曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、ササハラ組の連絡作業を行ったり、芦辺拓の『新・二都物語』<文藝春秋>を読み進めたりする。


 午後、YouTubeでバリトンのローレンス・ティペットとレオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏したワーグナーの楽劇『ワルキューレ』第3幕からヴォータンの告別と魔の炎の音楽、ソプラノのヘレン・トローベルとアルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団が演奏したワーグナーの楽劇『神々の黄昏』第3幕からブリュンヒルデの自己犠牲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 仕事関係の予定をすませる。


 GYAOの無料配信で、アラン・コルピ監督の『かくも長き不在』(1961年/フランス)を観る。
 戦争の「傷跡」が描かれた作品。
 いろいろと考え、いろいろと想う。


 その後、YouTubeでフレデリック・ストック指揮シカゴ交響楽団が演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」とシューマンの交響曲第4番を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、YouTubeでウィリアム・スタインバーグ指揮ピッツバーグ交響楽団が演奏したプロコフィエフの古典交響曲、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』、チャイコフスキーの弦楽セレナード、ストコフスキー指揮ニューヨーク・スタジアム交響楽団が演奏したリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』、楽劇『サロメ』から7つのヴェールの踊り、交響詩『ドン・ファン』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 夕飯後、YouTubeでトマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィル他が演奏したヘンデルの音楽によるビーチャム自身のバレエ音楽『ラヴ・イン・バス』、ABCラジオの『よなよな…』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:30| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『淵に立つ』を観た(深夜のCLACLA)

 晴天が続く。
 いいお天気、いい青空の一日

 気温は今日も上昇し、暑い。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 馬鹿に付ける薬はない。
 馬鹿を支える者こそ一番の馬鹿だ。
 一番の馬鹿にはなるまい。
 そのためにも、記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、YouTubeでジョン・ランチベリー指揮コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラ管弦楽団が演奏したランチベリー自身のバレエ音楽『ピーターラビットと仲間たち』、ミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団他が演奏したフォーレの劇音楽『ペレアスとメリザンド』組曲、劇音楽『マスクとベルガマスク』、劇音楽『シャイロック』組曲、劇音楽『カリギュラ』組曲、シドニー・フォスターが弾いたクレメンティの6つのソナチネ作品36から第4番〜第6番を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時頃寝床に就く。


 10時に起きて洗濯をすませたのち、YouTubeでジョルジュ・プレートル指揮モンテカルロ・フィルが演奏したカスティヨンのピアノ協奏曲(アルド・チッコリーニの独奏)とエスキス、アン・ディ・ムジークのメンバーが演奏したベートーヴェンのピアノ4重奏曲WoO36-3を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、芦辺拓の『新・二都物語』<文藝春秋>を読み進めたりする。


 午後、YouTubeでプレートル指揮モンテカルロ・フィルが演奏したダンディの海辺の詩と地中海の二部作、ピアノのチッコリーニとセルジュ・ボド指揮パリ管弦楽団が演奏したダンディのフランス山人の歌による交響曲を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 仕事関係の予定をすませる。


 その後、GYAOで深田晃司監督の『淵に立つ』(2016年)を観る。
 浅野忠信の不穏さ。
 そして、それと向き合う人々の感情の動き。
 じわじわぞわぞわとくる作品だった。


 その後、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルが演奏したシューマンの序曲・スケルツォとフィナーレ、コンツェルトシュトゥック<RCA>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『ほそゆき』の今後について考えたり、『新・二都物語』を読み進めたりする。


 19時少し過ぎに外出し、用件を片付けたのち錦湯さんへ。
 ひと月以上ぶりとなる第72回座錦湯を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!!


 終了後、常連さんと夕飯をすませ、23時半過ぎに帰宅した。


 シャワーを浴びたのち、YouTubeでチェンバロのミクローシュ・シュパーニが弾いたヨハン・セバスティアン・バッハのイタリア協奏曲、協奏曲ニ短調BWV.987、フランス風序曲ロ短調BWV.831、チェンバロのケネス・クーパーが弾いたヘンデルの劇場と野外の音楽(水上の音楽などからの編曲)、チェンバロのケネス・ギルバートが弾いたヴィヴァルディによるヨハン・セバスティアン・バッハの6つのソナタを聴いたりしながら、座錦湯の感想をアップしたり、作業を進めたりする。


 以上、5月13日の日記。
posted by figarok492na at 01:03| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第72回座錦湯

☆第72回座錦湯

 出演:桂文五郎さん、笑福亭智丸さん
(2019年5月13日20時開演/錦湯)


 月日の流れは速いもの。
 映画撮影などが重なって、錦湯さんに足を運ぶのもひと月以上ぶり。
 常連さんやリピーターさんも顔を見せていたが、新しいお客さんも増えているようで、まずは何よりだ。
 72回目となる座錦湯は、支配人五人衆のうち桂文五郎さんが差配で、ゲストはこの1月にビリートップを卒業し、支配人の座も降りた笑福亭智丸さん。
 冒頭のトークでも、同期二人の微妙な関係性を肴にして盛り上げた。

 で、頃合いのよいところで文五郎さんが高座へ。
 まずは、おなじみの『青菜』から。
 日中の気温30度というもはや初夏の勢いの京この頃にはぴったりの古典だ。
 途中幾度もライヴ特有のアクシデントが発生したが、それも笑いに変えつつ、文五郎さんは最後まで乗り切った。

 続いては、智丸さん。
 はじめに令和改元の話題を口にしてから、世の中には変わった祭があると本題の方向へ。
 そして、花火大会を訪れたカップルが二人。
 打ち上がる花火を喜ぶ彼女に対し、花火は嫌いと言い放つ彼氏。
 それはなぜかと尋ねたら、実は彼氏は南大阪のとある地方に伝わる尻花火(口から火薬などを飲み込んで尻から花火を打ち上げる!)を受け継ぐ一族の末裔で…。
 その名も、旭堂南湖さんの『尻花火』である。
 〆のトークでも語っていた通り、錦湯の智丸さんといえば、シモがかったネタをよく取り上げているが、それが下品というより不条理に傾いて聴こえるのは智丸さんの人徳(?)か。

 休憩を挟んで、再び智丸さんが登場する。
 今度は、一転、古典の『鬼の面』。
 丹念、丁寧な語り口で、噺を進めて行く。
 ちまちまの愛称に相応しく(?)、おせつのキュートさいじらしさも印象に残った。

 トリは、文五郎さん。
 予告通り、芝居噺の『七段目』をかける。
 マクラでは、自分自身の高校時代の実体験を交えて笑いをとりながら、『七段目』の内容の背景について説明し、ついでに平成の「言葉狩り」の風潮が令和になってもっと極端なものではないように変わってもらえればとも。
 何はなくとも芝居好きの若だんさん、大だんさんから厳しく叱られれば叱られるほど芝居(歌舞伎)の真似を繰り返す始末。
 遂には客人が来るからと二階に追いやられてしまったが、それでも芝居の真似を止めることはなく…。
 といったおなじみの展開。
 やはり、ここでは若だんさんのエスカレートする芝居真似ぶりがおかしくて仕方ない。
 文五郎さんは、それこそ大向う受けする役者真似ぶりだった。
 リアルな商家風の錦湯さんでの高座も愉しかったが、今度はさらに大きな小屋で接することができたらと思った。

 と、文五郎さん智丸さんで計落語4席。
 久しぶりの生の落語を愉しみました。
 ああ、面白かった!!
posted by figarok492na at 00:54| Comment(0) | 落語・ネオ落語記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする