2019年02月23日

朗読劇を観たあと、ササハラ組の打ち合わせを行った(CLACLA日記)

 晴天へ。
 いいお天気、いい青空の一日。

 気温、思ったほどには上昇せず。
 特に、夕方以降寒さが厳しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。
 風邪やインフルエンザにはお気をつけのほど。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。
 そして、花粉症がじわじわと…。


 安倍内閣が今日も続く。
 厚顔無恥で因循姑息な無理無体無法無謀が今日も押し進められる。
 いつまで続く泥濘ぞ。
 本当に救い難い状況である。


 記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、ヴェンツェル・フックスとフィルハーモニア・カルテット・ベルリンが演奏したレーガーのクラリネット5重奏曲&弦楽4重奏曲第4番<NAXOS>、YouTubeでネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズが演奏したハイドンの交響曲第52番、ストラヴィンスキーの『プルチネッラ』組曲、モーツァルトのディヴェルティメントK.136を聴いたりしながらササハラ組の連絡作業を行ったり、小山田浩子の『庭』を読み進めたりしたのち、3時少し前に寝床に就く。


 9時台に起きる。

 午前中、YouTubeでロバート・アーヴィング指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したブリテンのマチネ・ミュージカルとソワレ・ミュージカル、ヘンリー・スウォボダ指揮ウィーン交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第64番、ABCラジオの『征平吉弥の全力投球!!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、ササハラ組の連絡作業を行ったり、『Yの話』を書き進めたり、『庭』を読み進めたりする。


 12時台に外出し、京都教育文化センターへ。
 ホールで、中村敦夫の朗読劇『線量計が鳴る』を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!!!

 開演前休憩中終演後と、この公演の存在を教えてくれた旧知の松田裕一郎さんと話しをした。

 終演後、買い物をして16時半過ぎに帰宅する。


 帰宅後、YouTubeでロバート・ルドルフ指揮ウィーン放送管弦楽団が演奏したハイドンの交響曲第63番「ラ・ロクサーヌ」と変ロ長調(パルティータ)、序曲ニ長調を聴いたりしながら、観劇記録をアップしたり、ササハラ組の連絡作業を行ったりする。


 18時20分過ぎに外出し、ササハラユウキ監督とおち合い、途中夕飯をすませたりしつつ、打ち合わせを行う。
 新作『あしたのねがい』について。
 実り多い作品になるよう、ますます励みたい。

 で、23時過ぎに別れ、買い物をすませて帰宅した。


 今日も、チョコチップクッキーを食す。
 昨日の残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:48| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あっしにもかかわりのあることで 中村敦夫の朗読劇『線量計が鳴る』

☆中村敦夫 朗読劇『線量計が鳴る』

 脚本・主演:中村敦夫
(2019年2月23日14時開演/京都教育文化センターホール)


 あっしにゃあかかわりのねえことで。
 40代後半から60代ぐらいまでの人、特に男性ならば、子供の頃、中村敦夫演じる木枯し紋次郎の真似をして、竹串か何かを口からぷっと吹き飛ばした経験がおありではないか。
 あいにく紋次郎風の長い竹串がないものだから、巻きすを一本抜きとってあとでこっぴどく叱られたこともあったっけ。
 こんな馬鹿な経験をお持ちの方も中にはいらっしゃるかもしれない。
 ただ、そんな風に物真似の対象ではありつつも、正直、僕は中村敦夫という演技者が今一つ好きではなかった。
 紋次郎流儀、斜に構えたというか、ニヒルというか、どこか格好つけて壁をつくっているかのような感じがどうにも苦手で、それよりは、それこそ『はんらん狂騒曲』(菅孝之の戯曲。この作品の上演騒動がもとで、中村さんや市原悦子、原田芳雄、菅貫太郎、鶴田忍らが俳優座を去った)を地で行くようなジャーナリスト、テレビキャスター、参議院議員としての硬派な活動ぶりにより好感を抱いたものだ。

 そんな中村敦夫への印象が変わったのは、市川崑監督のリメイク版『犬神家の一族』での古舘弁護士を演じた頃からか。
 ちょうど中村さんが俳優として積極的な活動を再開し始めた時期で、はっきり言ってこのリメイク版自体、ウッチャンナンチャンのコントか何かとみまごうばかりのキッチュな作りに残念な想いがしたし、中村さんの演技にも違和感は残ったのだが、一方で中村さんってこういうコミカルっぽい演技もするんだなと意外に感じたりもしたのだった。

 で、今日旧知の松田裕一郎さんの誘いで足を運んだ自作の朗読劇(一人朗読劇)『線量計が鳴る』で、初めて中村敦夫の実演に接したのだけれど、いやあこれは足を運んで本当に大正解。
 中村敦夫という演技者、表現者に大いに感服した。

 副題に「元・原発技術者のモノローグ」とある『線量計が鳴る』は、東日本大震災の原発事故に到る道筋や震災後の状況、福島の人たちの苦境、さらには原子力発電を取り巻く利権構造が、かつて技術者として東京電力・福島原子力発電所に関わった老人の言葉を通して明確に浮き彫りにされていく。
 と、こう記すと、なんだそれって政治講演みたいなもんじゃんと斜に構える向きもあるかもしれず、実際中村さんというより今日のお客さんの側にもそのノリがなかったとは言えないけれど、そこは中村さん、かつての『チェンマイの首』などの小説同様、取材等で手に入れたデータを巧みにエンタメの手法に落とし込んでおり、聴きどころ見どころに不足しない「劇」に仕立て上げていた。
 加えて、劇場感覚に富むというか、生のお客さんの反応に敏感なユーモア感覚も十分十二分に発揮していた。
 そして、もっとも感嘆したのが中村さんが自らの老いをしっかりと引き受けた上でこの休憩を挟んだ二時間ほどの朗読劇に挑んでいたことだ。
 舞台上のあの人物は福島の元技術者の老人であるとともに、俳優座から何から、これまで様々なことを積み重ねて生きてきた中村敦夫自身でもあった。
 だから、途中何か所か言い間違いやウロもまた、あるべくしてあるものであり、この作品のリアルさを補強していたように感じた。

 終演後のトークで、79歳になった(!)自分がこうして演じ続けられるのは、公憤と義憤があるからと口にしていたけれど、原発に関する様々な問題は確かに他人事ではない。
 あっしにゃあかかわりのないことどころか、あっしにもかかわりのあることだ。
 むろん、原発に対する意見は人それぞれで、中村さんの考え方が即全て受け入れられるとは言えないだろうが。
 それでも、今一度この問題についてはよくよく考え直さねばならないとは強く思う。

 とともに、原発どうこうはひとまず抜きにしても、演劇演技に関する人たちにはぜひ観ておいて欲しかったなと感じずにはいられなかった。
 なにせ、いろいろ事情があってとはいえ、僅か1000円でこの公演に接することができたのだから。

 ああ、面白かった!!!
posted by figarok492na at 17:56| Comment(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする