2018年04月08日

京都府知事選の投票をすませてから、京都市交響楽団のスプリング・コンサートを愉しんだ(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えた一日。

 気温は下がり、寒さを感じる。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
 風邪など召しませんように。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 京都府知事選。
 西脇候補が当選を果たした。
 当方が投票した福山候補が落選したことよりも(予想はしていたので)、毎度のことながらの投票率の低さについていろいろと考える。
 本当に考える。


 連日明らかになっている文書改竄や文書隠蔽その他諸々は、因循姑息な安倍首相一党による無理無体無法無謀の結果と言っても過言ではあるまい。
 もちろん、安倍内閣が退陣したからといって根本的なシステムの変化が為されないかぎり、状況は悪化するばかりだろうが。
 しかし、もはや安倍首相の存在は度し難い。
 早々にお引き取り願いたい。


 安倍首相一党の押し進める改憲だの働き方改革だの放送法の改変だの、胡散臭くきな臭いばかりではないか。
 とうてい賛成できない。


 記憶力、読解力、判断力を一層鍛えていかなければ。
 そして、目くらましの八百長猿芝居には絶対騙されまい。


 昨夜、YouTubeでヴァイオリンのヴェロニカ・エーベルレ、ヴィオラのアミハイ・グロス、チェロのソル・ガベッタが演奏したモーツァルトのディヴェルティメントK.563、シューベルトの弦楽3重奏曲D.471(2016年、ソルスベルク音楽祭)、KBS京都でオードリーのオールナイトニッポン、ABCラジオの『霜降り明星のだましうち!』を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時40分頃寝床に就く。


 10時頃、起きる。

 午前中、YouTubeでピアノのジェローム・デュクロ他が演奏したモーツァルトのピアノ4重奏曲第1番(同年、同)、ABCラジオの『全力投球!!妹尾和夫です サンデー』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 12時20分に外出し、京都府知事選の投票をすませてから京都コンサートホールへ。
 大ホールで、京都市交響楽団スプリング・コンサートを愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!!

 終演後、仕事関係の用件を片付け、夕飯用の買い物をすませ、17時20分過ぎに帰宅した。


 帰宅後、YouTubeでヴァイオリンのアンティエ・ヴァイトハース他が演奏したシューベルトの8重奏曲、ヴァイオリンのエーベルレとバイバ・スクリデ、ヴィオラのヴェロニカ・ハーゲンが演奏したドヴォルザークのテルツェット(2017年、ソルスベルク音楽祭)を聴いたりしながら、コンサート記録をアップしたり、雑件を片付けたりする。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』を聴く。
 チョン・ミュンフン指揮東京フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」他のライヴ録音が放送されていた。

 続けて、『リサイタル・ノヴァ』(ヴァイオリンの中村太地の出演)と『クラシックの迷宮』を聴く。
 『クラシックの迷宮』は、今年度から日曜21時からに放送時間が変更になった。
 今回は、「バーンスタインとマンボ」と題して、バーンスタインの生誕100年を記念した特集が組まれた。
 ところで、シンフォニック・ダンスのマンボの例の「マンボ!」という掛け声は、いったいいつから掛かるようになったのか?
 バーンスタイン自身が指揮した録音には掛かっていなかったが。

 さらに、YouTubeでツェムリンスキー・カルテットが演奏したベートーヴェンの弦楽4重奏曲第11番「セリオーソ」(2016年、ヴィサンブール音楽祭)を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、羽田圭介の『成功者K』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:41| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都市交響楽団スプリング・コンサート

☆京都市交響楽団スプリング・コンサート

 指揮:高関健
管弦楽:京都市交響楽団

 座席:3階LB1列5番
(2018年4月8日14時開演/京都コンサートホール大ホール)


 卯月四月。
 京都市交響楽団も新年度の始まりということで、京都コンサートホールまでスプリング・コンサートを聴きに行ってきた。
 指揮台には常任首席客演指揮者の高関健が立ち、コンサートマスターは客演の三上亮(札幌交響楽団のコンサートマスターなどを歴任)が務めた。
 なお、オーケストラは第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向かい合う、いわゆる対向配置がとられていた。

 まずは、バーンスタインのミュージカル『キャンディード』序曲から。
 ミュージカルそのものはヴォルテールの小説をもとにした諷刺劇ということで、けっこう骨太な内容になっているが、序曲は軽快かつ抒情的な旋律がふんだんに盛り込まれた鳴りに鳴る音楽。
 京都市交響楽団はパワフルでエネルギッシュ、なおかつ精度の高い演奏でスタートを飾るに相応しい演奏を生み出していた。
 ちなみに、この曲はバーンスタイン生誕100年を記念してのチョイスである。
(そういえば、ヴォルテールの原作は、先日読み終えた亀山郁夫の『新カラマーゾフの兄弟』でも重要な役回りを果たしていたんだった)

 と、ここで高関さんがマイクを握り、『キャンディード』序曲について簡単に振り返り、ここからは本題の「オーケストラが描く物語」と、二曲目のサン・サーンスの交響詩『死の舞踏』について説明を始める。
 つまるところ、今回のコンサートの主題は、オーケストラの音楽を通して物語を描く作品が集められているということだ。
 で、その『死の舞踏』だが、高関さんは確かに物語の筋立てをしっかり押さえつつも、あえてあざとくどぎつく色付けすることはしない。
 喩えていえば、ヒッチコックの映画そのものというより、フランソワ・トリュフォーによるヒッチコックへのインタビューに接しているかの如き、明晰で目配りがよく届いた音楽づくりで、冒頭等々、この曲があのオルガン付きの交響曲と同じ作曲家によって作曲されたものだということがよくわかった。
 コンサートマスターの三上亮がソロで大活躍。

 前半最後は、デュカスの交響詩『魔法使いの弟子』。
 高関さんは公演プログラムに書かれているような曲の解説のほか、ディズニー映画の『ファンタジア』を持ち出す。
(わざとらしさはないのだけれど、高関さんには独特のフラというか滑稽さがあるなあと改めて思う)
 言わずもがな、物語性に富んだ作品だが、高関さんの細部まで行き届いた解釈に京都市交響楽団のバランスのよい演奏で接すると、ワーグナーをはじめとした先達や同時代の作曲家たちの影響もはっきりと聴こえてくる。

 休憩を挟んだ後半は、高関さんによる解説から。
 これから演奏される幻想交響曲のあらましや、舞台袖で鳴らされる鐘の説明も面白かったが、なんといってもベルリオーズがアブネック指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏したベートーヴェンの交響曲に強い影響を受けていたこと、並びにこの幻想交響曲がサン・サーンスやデュカス、ワーグナーやヴェルディに強い影響を与えたことを強調していた点が重要だった。
 つまり、このコンサートの主題が、オーケストラによって描かれた個々の物語を愉しむだけではなく、如何にしてオーケストラによって物語を描いていくかという作曲技法の影響進化を辿ることであることが明らかにされていたのだ。
 実際、第3楽章をはじめ上述したベートーヴェンの交響曲の影響や、ベルリオーズによる様々な音楽的実験など、この交響曲の持つ革新性と古典性の両面によく配慮された音楽づくりが為されていた。
 一方で、ティンパニの鋭い強打をはじめ強弱緩急とメリハリもよく効いていて、まさしく音楽による「ドラマ」を愉しむことができた。
(4楽章が終わったあと、ちょっと拍手が起こったのは残念だ。高関さんが手で止めていたけど…)

 京都市交響楽団はアンサンブル、ソロとも好調で今年度も優れた演奏を繰り広げてくれるのではないか。
 しっかりとした基礎とたゆまぬ研鑽、そして精緻な解釈によって創り出された、これこそ本物の芸術と痛感した次第。
 ああ、面白かった!!!
posted by figarok492na at 18:41| Comment(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする