2017年11月11日

寒さがじわじわと増す(CLACLA日記)

 青空の見える一日。
 どんよりとした感じもするが。

 気温は上昇せず。
 寒さがじわじわと増す。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 体調、今一つ。
 両耳の不調も続く。


 加計学園(岡山理科大学)の獣医学部開学が認可されることとなった。
 文科省の審議会が新設を認める答申を行ったためだ。
 与党が衆議院選挙で勝利した段階でこうなるだろうとは思っていたが、なんとももやもやとした気分である。
 一方で、森友学園問題の籠池夫妻はずっと拘留されたまま。
 しかも、与党は衆議院での野党と与党の質問時間をこれまでの8対2から5対5に変えようとしている。
 結局、選挙で与党を勝たせたことが間違いなのだ。
 馬鹿に付ける薬はない。


 目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、NPO Radio4でハンス・フォンク指揮オランダ放送フィルが演奏したシベリウスの交響曲第5番(2000年3月4日、アムステルダム・コンセルトヘボウ大ホール)、ウォルトンの管弦楽のためのパルティータ、モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』(1979年2月24日、同)、エティエンヌ・ジーベンス指揮南ネーデルラント・フィルが演奏したメンデルスゾーンの序曲『フィンガルの洞窟』とジョン・カスケンのファーネを越えるオリオン(2015年9月18日、マーストリヒト・フライトホフ劇場)を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時40分過ぎに寝床に就く。


 9時半に起きる

 午前中、NPO Radio4でクリスチャン・ヴァスケス指揮ヘルダーラント管弦楽団が演奏したモンカーヨのウアパンゴ、チャベスの交響曲第2番「インディオ」、カレーニョの交響的変奏曲『マルガリテーニャ』、マルケスのダンソン第2番、アブレウのティコ・ティコ(2013年4月7日、アーネム芸術センター)、ABCラジオの『征平吉弥の土曜も全開!!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『冬の宿』を書き進めたり、川崎徹の『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』<河出書房新社>を読み進めたりする。


 午後、NPO Radio4でペーター・クーン指揮北ネーデルラント・フィルが演奏したチャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』抜粋とシューマンの交響曲第3番「ライン」(2015年9月10日、フローニンゲン・デ・オーステルポート)、メルヴィン・タンが弾いたドビュッシーのレントより遅く、夢想、前奏曲集第2巻よりオンディーヌ(2012年2月26日、アムステルダム・コンセルトヘボウ大ホール)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 16時台に外出して、KAIKAへ。
 第25次笑の内閣『名誉男性鈴子』(娘編)を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 息子編を観ることができないのが本当に残念だ!!!

 終演後、作・演出の高間響上皇や出演者の松田裕一郎さんをはじめ、関係各氏と話をする。

 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 遅めの夕飯後、NHK・FMの『クラシックの迷宮』やNPO Radio4でカルロス・ミゲル・プリエト指揮ハーグ・レジデンティ管弦楽団が演奏したレオン・オルテルの管弦楽のためのスケルツォ第2番、ラヴェルの道化師の朝の歌、スペイン狂詩曲、ボレロ(2016年9月30日、ティヴォリフレデンブルク)、オットー・タウシク指揮ハーグ・レジデンティ管弦楽団が演奏したマイケ・ナースの『うさぎの穴に落ちて』(同年5月14日、南ストランド劇場)、タンが弾いたドビュッシーの喜びの島、プーランクの15の即興曲からエディット・ピアフを讃えて(上述、ドビュッシーと同)を聴いたりしながら、観劇記録をアップしたり、作業を進めたりする。


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:11| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第25次笑の内閣『名誉男性鈴子』(娘編)

☆第25次笑の内閣『名誉男性鈴子』(娘編)

 作・演出:高間響
(2017年11月11日17時半開演の回/KAIKA)


 第25次笑の内閣の『名誉男性鈴子』の娘編を観に、KAIKAまで足を運んだ。
 ちなみに、『名誉男性鈴子』の初演は2015年の5月(シアトリカル應典院)。
 それまでの情実を重視するキャスティングから、演者の演技力を優先するキャスティングにシフトするなど、制作の前田瑠佳による「改革路線」が勢いを増しており、それに伴い高間上皇も劇作の研鑽を重ねていた時期の作品である。
(その前田さんが道半ばで去ってしまったことは、笑の内閣にやはり少なからぬ影響を与えた。それを初日のアフタートークゲストを引き合いに出せば、「学芸会」的なのりの中島らものリリパから「演劇」色の強いわかぎゑふのリリパに移行中だったのに、結局ゑふさんが去ってらもさんが残ったようなものと喩えることができる)

 舞台は岡山県の架空の都市、南アンタレス市(南ア!)。
 衆議院補選に出馬する現市長の指名を受けて後継市長候補となった黄川田鈴子だったが…。

 選挙に絡む人間の感情の変化を描いた作品といえば、すぐにジェームス三木の映画『善人の条件』(怪作)を思い出すが、この『名誉男性鈴子』はそれとともに、男性中心の状況で社会的進出を果たそうとする女性が結果として保守的反動的言動を繰り返し、現状肯定主義に陥る様を鋭く描いている。
 当然、フェミニズムの問題や各種格差と差別の問題について言及されていることは言うまでもない。
 と、こう記すと、何やらしんねりむっつりとしたかつての新劇的な内容を思い起こす向きもあるかもしれないが、そこは「笑」の内閣、高間響上皇である。
 時勢を受けたくすぐりをはじめ、再演にあわせた改作が徹底されたこともあり、会場には大きな笑いが巻き起こっていた。

 飄逸とした池川タカキヨ、笑の内閣の骨法をよく知った髭だるマンやしゃくなげ謙治郎、エロ親父ぶり全開の松田裕一郎をはじめ、中谷和代、熊谷みずほ、土肥希理子、諸江翔大朗、延命聡子、横山優花の演者陣も、そうした作品の意図に沿う努力をよく重ねていた。
 高間上皇の作品にとって忘れてはならない小さな集団組織の中で感情があちらこちらへと揺れ動く場面でのシリアスな演技には、その基礎的な力というか説得力を感じた。
 また、おもろおかしい部分、キャラクターが物を言う部分での健闘も讃えたいが、概してソリッドというか、硬さがあるというか、個々の経験や技量がある分なおのこと、与えられた役柄や求められるキャラクターと個々の演者の本質の齟齬、笑いをとるために頑張っていますという内面の負荷や無理が若干垣間見えてしまったことも事実だ。
 これまで何度も記してきた方向性の問題とも関係してくるが、高間上皇の作品的変化と演者陣・キャスティングの変化にどうバランスをつけていくかは、笑の内閣にとって今後の重要な課題ではなかろうか。
 大きな笑いを生んでいた公演だけに、あえて長い視点でそのことを記しておきたい。

 公演は火曜日まで。
 ご都合よろしい方はぜひ!!
 息子編を観ることができないのが本当に残念だ!!!
posted by figarok492na at 22:57| Comment(0) | 観劇記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする