2017年09月25日

絶望とは虚妄だ 希望がそうであるように(早めのCLACLA)

 晴天。
 いいお天気、いい青空の一日。

 その分、日中気温が上昇する。
 季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。


 体調の管理に気をつけていかなければ。
 両耳の不調が続く。


 絶望とは虚妄である。
 希望がそうであるように。


 何が希望の党だろう。
 本当に馬鹿らしい。


 ドイツでは、メルケル首相が4選を果たす見通しだという。
 一方で、右派政党が伸長する勢いとも報じられている。
 いずこも同じ秋の夕暮れ。


 目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。


 昨夜、yleのサイトにアップされたオリ・ムストネン指揮ヘルシンキ・フィルが演奏したヒンデミットのウェーバーの主題による交響的変容(2017年9月22日、ヘルシンキ音楽センター・コンサートホール)、ハインツ・ホリガー指揮フィンランド放送交響楽団が演奏したハイドンの交響曲第44番「悲しみ」とモーツァルトのフリーメイソンのための葬送音楽(2014年11月26日、同)、ダグラス・ボイド指揮フィンランド放送交響楽団が演奏したモーツァルトの『クレタの王イドメネオ』からバレエ音楽(同年11月12日、同)、スロヴァキア・フィルハーモニックのサイトにアップされたエマニュエル・ヴィヨーム指揮スロヴァキア・フィルが演奏したシューマンの交響曲第3番「ライン」(同年12月12日、スロヴァキア・フィルハーモニー・コンサートホール)、ペンデレツキの『失楽園』からアダージェット(同年12月19日、同)、アレクサンダー・アルブレヒトの交響詩『あこがれと追想』(この訳で適切かは不明。2015年1月30日、同)を聴いたりしながら新しい作品を書き進めたり、直原冬明の『幻影たちの哀哭』<光文社>を読み進めたりしたのち、3時半過ぎに寝床に就く。
 アレクサンダー・アルブレヒトはスロヴァキアの作曲家で、後期ロマン派的傾向が顕著に表れた作品である。


 8時過ぎに目醒め、NHK・FMの『きらクラ!』の再放送(秋のブラームス祭り)を寝床の中で聴く。
 ふかわりょうと遠藤真理のやり取りは、やはり耳馴染みがよい。


 9時過ぎに起きてすぐに外出し、郵便局や銀行を回って用件を片付ける。


 帰宅後、NHK・FMの『クラシックの迷宮』の再放送(「私の試聴室」で、先ごろ亡くなったイルジー・ビエロフラーヴェクの特集)、スロヴァキア・フィルハーモニックのサイトにアップされたオリヴィエ・ドホナーニ指揮スロヴァキア国立ジリナ室内管弦楽団が演奏したユライ・フィラスの室内交響曲第2番とベートーヴェンの交響曲第1番(2014年3月20日、スロヴァキア・フィルハーモニー・コンサートホール)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、新しい作品を書き進めたり、『幻影たちの哀哭』を読み進めたりする。


 午後、スロヴァキア・フィルハーモニックのサイトにアップされたボヤン・ヴィデノフ指揮スロヴァキア・フィルが演奏したメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」(2017年3月16日、同)、マウリツィオ・ポリーニが弾いたショパンの24の前奏曲他<ドイツ・グラモフォン>、オークランド・フィルのサイトにアップされたジョルダーノ・ベリンカンピ指揮オーケストラ・フィルが演奏したベートーヴェンの交響曲第4番(2015年10月1日、オークランド・タウンホール)と第5番(2016年5月5日、同)、vimeoにアップされたピアノのレイフ・オヴェ・アンスネスとエイヴィン・グルベルグ・イェンセン指揮ベルゲン・フィル他が演奏したベートーヴェンの合唱幻想曲(2015年1月29日、ベルゲン・グリーグホール)、アンドリュー・リットン指揮ベルゲン・フィルが演奏したラッセンの管楽器と打楽器のための『CCL』(同年9月4日、同)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『幻影たちの哀哭』を読み進めたりする。


 まもなく外出の予定。
 18回目となるThe錦湯なり。
 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 18:21| Comment(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする