2017年08月03日

『ほそゆき』のパイロット版

☆『ほそゆき』のパイロット版





「四人姉妹のおしまいやからな、私」
 と言って、詠美は溶け切った宇治金時を二、三度かき混ぜた。
「佐田は」
 と訊かれた佐田は、
「俺、一人」
と答えた。
「一人っ子か」
 詠美はもう一度宇治金時をかき混ぜた。
「なあ」
「何」
「四人姉妹って、ほそゆきみたいだよね」
「ほそゆき」
「ほら、谷崎なんとかの」
「冗談きっつ」
「冗談じゃないよ」
「まじか」
 詠美は佐田の顔を馬鹿にするような憐れむような目でしばらく見つめたあと、
「それ、ささめゆきや」
と口にした。





 詠美は自転車を飛ばして、十分程度で自宅に着いた。途中、蓼倉橋の信号で幼なじみの梓と遭遇したが、一声かけただけでそのまま走り去った。門と玄関の間の敷石のところでスマホを確認すると、「おんにゃ?」とlineが入っていたから、「ほなや!」と返事を送っておいた。
「いやまあ、ぎょうさん汗かいて。えいみちゃんも元気なこと」
「ただいま」
 と挨拶をして居間の前を通り抜けたとき、向こうを向いたままの祖母の聖子が芝居風な口調で言った。勘の鋭さはいつものことなので、詠美は少しも驚かない。そういえば、聖子だけが詠美のことをえいみと呼ぶ。
 タオル地のハンカチで首筋の辺りを軽く押さえながら二階に上がった詠美は、障子の前で、
「お待たせ」
と呼びかけた。
 返事がないので、
「ええね」
と一言断って障子を開けると、中はもぬけの殻だ。
「あれ、どこ行ったんやろ」
 一階に下りるとすかさず聖子が、
「ゆきちゃんならまだやで」
と、今度は詠美のほうを向いて告げた。
「えっ、ほんまに」
「はい、ほんまです」
「もう、なんやのあの人」
 詠美は思わず声を上げた。
posted by figarok492na at 17:22| Comment(0) | 創作に関して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする