一応晴天が続く。
どんよりとした感じはありつつも。
気温は今日も上昇し、暑さを覚える。
季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
花粉禍か黄砂禍かPMなんたろ禍か。
目の周りがしばしばし、喉もいがらっぽい。
そして、両耳の不調も続く。
北朝鮮の脅威が声高に叫ばれる。
共謀罪も極右森友学園への国有地売却問題もへったくれもないかの如く。
それにしては、どうして日本海沿岸の原子力発電所が稼働できるのか。
なんともかとも。
維新を野党に含めるのはそろそろやめたらどうだろう。
補完勢力、それこそ癒着の党の癒党なのだから。
目先鼻先口先舌先の徒ら忌むべし。
目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。
昨夜、リカルド・シャイー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団が演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集<DECCA>、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したマーラーの子供の不思議な角笛<同>、NHKのラジオ深夜便、YouTubeにアップされたジャン・レイサム=ケーニック指揮フランデレン交響楽団が演奏したブラームスのハンガリー舞曲第1番、第3番、第10番を聴いたりしながら作業を進めたのち、3時過ぎに寝床に就く。
9時過ぎに起きる。
午前中、NHK・FMの『きらクラ!』の再放送の最後の部分と『クラシックの迷宮』の再放送(ルー・ハリソンの特集)、シャイー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団が演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集を聴いたりしながら、仕事関係の作業や『鶴丸文造の遍歴時代』の改稿作業を進めたり、杉山祐之の『張作霖』<白水社>を読み進めたりする。
午後、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したマーラーの子供の不思議な角笛とマーラーの交響曲第4番<DECCA>を聴く。
ちなみに、子供の不思議な角笛の「天上の音楽」を転用したのが交響曲第4番の第4楽章だが、いずれもソプラノのバーバラ・ボニーが独唱を務めている。
そうそう、ボニーが歌ったマーラーの交響曲第4番といえば、20年以上前のヨーロッパ滞在中に、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ハンブルクNDR交響楽団の定期演奏会で接したことがあるのだけれど、あのときのボニーの歌声の美しさには強く心魅かれたんだった。
時の流れは速すぎる。
仕事関係の作業を進めたり、『張作霖』を読み進めたりする。
まもなく外出して、錦湯さんへ。
2回目となるThe錦湯だ。
今回は副支配人の月亭方気さんが仕切りの予定である。
それじゃあ、行って来ます!
2017年05月15日
母の日 ワンマンショーとばったりを愉しむ!(深夜のCLACLA)
母の日。
母と電話で少し話をした。
多謝。
晴天へ。
いいお天気、いい青空の一日。
気温も上昇し、暑さが厳しくなる。
季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
花粉禍か黄砂禍か。
目の周りのがさがさとくしゃみが続く。
そして、両耳の不調も続く。
北朝鮮がミサイルを発射した。
いつもの如きタイミングのよさに腹が立つ。
それにしても、どうして日本海沿岸の原子力発電所は稼働をやめないのか。
どう考えたって、おかしな話だ。
トランプ大統領にとっても安倍首相にとっても、北朝鮮のミサイル発射はありがたいかぎりだろう。
これまたいつもの如く。
目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。
昨夜、OBCでオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら作業を進めたのち、4時過ぎに寝床に就く。
9時半に起きる。
毎週恒例の洗濯をすませる。
乾き、実によろし。
ああ、すっきりした!
仕事関係の打ち合わせを行う。
NHK・FMの『名演奏ライブラリー』(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの特集の2回目)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
11時過ぎに外出して仕事関係の用件を片付けたのち、下京図書館へ。
長谷川康夫の『つかこうへい正伝』<新潮社>、三浦しをんの『あの家に暮らす四人の女』<中央公論新社>、相場英雄の『ガラパゴス』上下<小学館>、加藤元の『四百三十円の神様』<講談社>、パノハ・カルテットが演奏したドヴォルザークの弦楽4重奏曲第8番&第9番<カメラータ・トウキョウ>、アンサンブル・ウィーン=ベルリンが演奏した管楽のための作品集<同>を返却し、予約しておいた杉山祐之の『張作霖』<白水社>、吉村萬壱の『臣女』<徳間書店>、小川洋子の『琥珀のまたたき』<講談社>、吉田修一の『橋を渡る』<文藝春秋>、松田青子の『ワイルドフラワーの見えない一年』<河出書房新社>、リカルド・シャイー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団が演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集<DECCA>、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したマーラーの不思議な子供の角笛<同>を新たに借りる。
午後、NHK・FMの『トーキング・ウィズ松尾堂』(ゲストは古舘伊知郎一人。しゃべるしゃべる喩える喩える)、『きらクラ!』、シャイー指揮によるヴェルディとマーラーのCDを聴く。
シャイー指揮によるヴェルディの序曲・前奏曲集は、『シチリアの夕べの祈り』序曲、『アアルツィーラ』序曲、『椿姫』第1幕への前奏曲、『海賊』第1幕への前奏曲、『ナブッコ』序曲、『イェルサレム』序奏とバレエ音楽、『ジョヴァンナ・ダルコ(ジャンヌ・ダルク)』序曲、『アイーダ』第1幕への前奏曲、『マクベス』第1幕への前奏曲、『運命の力』序曲を収めたもの。
シャイーにはデジタル録音初期にナショナル・フィルとの同種のアルバムがあったが、エネルギーの激しい放出(鳴りのよい録音である)は共通する一方、強弱緩急のコントロールのよさ、密度の濃さはこの間の彼の経験を示していると思う。
当然、音楽の要所急所を十分に知り尽くしたミラノ・スカラ座のオーケストラの演奏ということも大きいのだろうが。
そういえば、スカラ座のオケが演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集といえば、リカルド・ムーティの指揮のものもあったが、あちらが暗鬱とした情熱をためた演奏とすれば、こちらは同じ悲劇でも陽性ではないけれど、より開放された感じが強い。
そうそう、好みからいうと、『ルイザ・ミラー』の序曲がカップリングされていたらなお嬉しかったのだが、まあこれは仕方あるまい。
一方、『子供の不思議な角笛』は、ソプラノのバーバラ・ボニー(5曲)、メゾ・ソプラノのサラ・フルゴーニ(1曲)、テノールのイェスタ・ウィンベルイ(1曲)、バリトンのマティアス・ゲルネ(7曲)の4人の歌手が個々の曲の性質にあわせて歌い分けるという趣向のアルバムで、シャイーによる交響曲全集の補遺的な役割を果たしている。
ヴェルディ同様、ここでもシャイーはマーラーの音楽の持つ劇性を巧くとらえて強弱緩急をコントロールした演奏を生み出しており、聴き心地がよい。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団も、丸みのある音でシャイーの解釈によく沿っているのではないか。
この録音(2000年)の直後から急激に声の変化をきたすボニーが、まだコケティッシュで艶やかな声質を聴かせているのも嬉しい。
仕事関係の作業を進めたり、『張作霖』を読み始めたりする。
18時台に外出し、ちょっとした買い物をすませる。
錦湯さんの常連さんにばったりし、ちょっとびっくり。
で、その後、K’s office-京都二条の館-で丸山交通公園ワンマンショーを愉しむ。
詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
笑いが多くて密度の濃いネタ2本で、大いに満足だ。
ああ、面白かった!!
帰りがけ、別の錦湯さんの常連さんにばったり。
これまたびっくり。
せっかくなので、二条駅近くのやよい軒で夕飯をとる。
ああ、面白かった!!
23時頃帰宅し、シャイーが指揮したヴェルディの序曲・前奏曲集を聴きながらワンマンショーの記録を投稿したりする。
今日は、ファミリーマートで購入したかりかりピーナッツのブロックチョコを食す。
なかなか美味しうございました。
ごちそうさま!
以上、5月14日の日記。
今日がいい日でありますように!
それじゃあ、おやすみなさい。
母と電話で少し話をした。
多謝。
晴天へ。
いいお天気、いい青空の一日。
気温も上昇し、暑さが厳しくなる。
季節の変わり目、皆さんくれぐれもご自愛くださいね。
花粉禍か黄砂禍か。
目の周りのがさがさとくしゃみが続く。
そして、両耳の不調も続く。
北朝鮮がミサイルを発射した。
いつもの如きタイミングのよさに腹が立つ。
それにしても、どうして日本海沿岸の原子力発電所は稼働をやめないのか。
どう考えたって、おかしな話だ。
トランプ大統領にとっても安倍首相にとっても、北朝鮮のミサイル発射はありがたいかぎりだろう。
これまたいつもの如く。
目くらましの八百長猿芝居には絶対に騙されまい。
昨夜、OBCでオードリーのオールナイトニッポンを聴いたりしながら作業を進めたのち、4時過ぎに寝床に就く。
9時半に起きる。
毎週恒例の洗濯をすませる。
乾き、実によろし。
ああ、すっきりした!
仕事関係の打ち合わせを行う。
NHK・FMの『名演奏ライブラリー』(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチの特集の2回目)を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。
11時過ぎに外出して仕事関係の用件を片付けたのち、下京図書館へ。
長谷川康夫の『つかこうへい正伝』<新潮社>、三浦しをんの『あの家に暮らす四人の女』<中央公論新社>、相場英雄の『ガラパゴス』上下<小学館>、加藤元の『四百三十円の神様』<講談社>、パノハ・カルテットが演奏したドヴォルザークの弦楽4重奏曲第8番&第9番<カメラータ・トウキョウ>、アンサンブル・ウィーン=ベルリンが演奏した管楽のための作品集<同>を返却し、予約しておいた杉山祐之の『張作霖』<白水社>、吉村萬壱の『臣女』<徳間書店>、小川洋子の『琥珀のまたたき』<講談社>、吉田修一の『橋を渡る』<文藝春秋>、松田青子の『ワイルドフラワーの見えない一年』<河出書房新社>、リカルド・シャイー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団が演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集<DECCA>、シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したマーラーの不思議な子供の角笛<同>を新たに借りる。
午後、NHK・FMの『トーキング・ウィズ松尾堂』(ゲストは古舘伊知郎一人。しゃべるしゃべる喩える喩える)、『きらクラ!』、シャイー指揮によるヴェルディとマーラーのCDを聴く。
シャイー指揮によるヴェルディの序曲・前奏曲集は、『シチリアの夕べの祈り』序曲、『アアルツィーラ』序曲、『椿姫』第1幕への前奏曲、『海賊』第1幕への前奏曲、『ナブッコ』序曲、『イェルサレム』序奏とバレエ音楽、『ジョヴァンナ・ダルコ(ジャンヌ・ダルク)』序曲、『アイーダ』第1幕への前奏曲、『マクベス』第1幕への前奏曲、『運命の力』序曲を収めたもの。
シャイーにはデジタル録音初期にナショナル・フィルとの同種のアルバムがあったが、エネルギーの激しい放出(鳴りのよい録音である)は共通する一方、強弱緩急のコントロールのよさ、密度の濃さはこの間の彼の経験を示していると思う。
当然、音楽の要所急所を十分に知り尽くしたミラノ・スカラ座のオーケストラの演奏ということも大きいのだろうが。
そういえば、スカラ座のオケが演奏したヴェルディの序曲・前奏曲集といえば、リカルド・ムーティの指揮のものもあったが、あちらが暗鬱とした情熱をためた演奏とすれば、こちらは同じ悲劇でも陽性ではないけれど、より開放された感じが強い。
そうそう、好みからいうと、『ルイザ・ミラー』の序曲がカップリングされていたらなお嬉しかったのだが、まあこれは仕方あるまい。
一方、『子供の不思議な角笛』は、ソプラノのバーバラ・ボニー(5曲)、メゾ・ソプラノのサラ・フルゴーニ(1曲)、テノールのイェスタ・ウィンベルイ(1曲)、バリトンのマティアス・ゲルネ(7曲)の4人の歌手が個々の曲の性質にあわせて歌い分けるという趣向のアルバムで、シャイーによる交響曲全集の補遺的な役割を果たしている。
ヴェルディ同様、ここでもシャイーはマーラーの音楽の持つ劇性を巧くとらえて強弱緩急をコントロールした演奏を生み出しており、聴き心地がよい。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団も、丸みのある音でシャイーの解釈によく沿っているのではないか。
この録音(2000年)の直後から急激に声の変化をきたすボニーが、まだコケティッシュで艶やかな声質を聴かせているのも嬉しい。
仕事関係の作業を進めたり、『張作霖』を読み始めたりする。
18時台に外出し、ちょっとした買い物をすませる。
錦湯さんの常連さんにばったりし、ちょっとびっくり。
で、その後、K’s office-京都二条の館-で丸山交通公園ワンマンショーを愉しむ。
詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
笑いが多くて密度の濃いネタ2本で、大いに満足だ。
ああ、面白かった!!
帰りがけ、別の錦湯さんの常連さんにばったり。
これまたびっくり。
せっかくなので、二条駅近くのやよい軒で夕飯をとる。
ああ、面白かった!!
23時頃帰宅し、シャイーが指揮したヴェルディの序曲・前奏曲集を聴きながらワンマンショーの記録を投稿したりする。
今日は、ファミリーマートで購入したかりかりピーナッツのブロックチョコを食す。
なかなか美味しうございました。
ごちそうさま!
以上、5月14日の日記。
今日がいい日でありますように!
それじゃあ、おやすみなさい。
丸山交通公園ワンマンショー 第7回定期公演
☆丸山交通公園ワンマンショー 第7回定期公演
出演:丸山交通公園
(2017年5月14日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)
回を重ねて7回目となる、K’s office-京都二条の館-での丸山交通公園ワンマンショーだが、開演前日となっても予約が一人という大ピンチ。
が、そこは丸山君の芸の力か人徳の賜物か、蓋を開ければ結構な入りでまずは何よりである。
開口一番代わりの近況報告では、まもなく始まる笑の内閣のツレウヨまつりの長丁場の稽古、それも通しを行ったあとでのワンマンショーだとの言葉があったのだけれど、必死のぱっち、前半の『お客様は神様です』から丸山君はとばすとばす。
どうしてもワンマンショーのネタが思い浮かばない、こうなったら破れかぶれ。
といった具合の妄想全開、タナトス全開の展開で笑いを生んだあとは、そうだ「お客様は神様」だ、お客さんがアンケートに書いた次回以降やって欲しいというネタをやってみせればいい。
と、お客さんのアイデアをいただく形でネタを進めて行く。
もちろん、そこは故意の滑りあり誇張あり捻りあり、フリップ芸などルーティンのおかしさが十二分に発揮されていて、わかっていても笑ってしまう。
休憩を挟んだ後半は、その名もずばり『18禁』である。
前半は10歳から24歳は性欲だけの人生だったと宣う丸山交通公園の、それこそ「ヰタ・セクスアリス」。
性の目醒めから、高校時代の苦い思い出までを笑いをまぶして語る。
で、後半は別役実の『あーぶくたった にーたった』もびっくり、未だ生まれぬ子どもへ性(AV)の手ほどきが妄想される。
エロスとタナトス、性=生を語りながら、死の影がはっきりと見えるのも丸山君らしかった。
いずれも、笑いが多くて密度の濃い作品でした。
ああ、面白かった!!
出演:丸山交通公園
(2017年5月14日19時半開演/K’s office-京都二条の館-)
回を重ねて7回目となる、K’s office-京都二条の館-での丸山交通公園ワンマンショーだが、開演前日となっても予約が一人という大ピンチ。
が、そこは丸山君の芸の力か人徳の賜物か、蓋を開ければ結構な入りでまずは何よりである。
開口一番代わりの近況報告では、まもなく始まる笑の内閣のツレウヨまつりの長丁場の稽古、それも通しを行ったあとでのワンマンショーだとの言葉があったのだけれど、必死のぱっち、前半の『お客様は神様です』から丸山君はとばすとばす。
どうしてもワンマンショーのネタが思い浮かばない、こうなったら破れかぶれ。
といった具合の妄想全開、タナトス全開の展開で笑いを生んだあとは、そうだ「お客様は神様」だ、お客さんがアンケートに書いた次回以降やって欲しいというネタをやってみせればいい。
と、お客さんのアイデアをいただく形でネタを進めて行く。
もちろん、そこは故意の滑りあり誇張あり捻りあり、フリップ芸などルーティンのおかしさが十二分に発揮されていて、わかっていても笑ってしまう。
休憩を挟んだ後半は、その名もずばり『18禁』である。
前半は10歳から24歳は性欲だけの人生だったと宣う丸山交通公園の、それこそ「ヰタ・セクスアリス」。
性の目醒めから、高校時代の苦い思い出までを笑いをまぶして語る。
で、後半は別役実の『あーぶくたった にーたった』もびっくり、未だ生まれぬ子どもへ性(AV)の手ほどきが妄想される。
エロスとタナトス、性=生を語りながら、死の影がはっきりと見えるのも丸山君らしかった。
いずれも、笑いが多くて密度の濃い作品でした。
ああ、面白かった!!