2016年08月24日

クリスティアン・ゲルハーヘルの来日公演が中止となった(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、青空が続く。

 夕方以降は少し涼しくなってはきたが、それでもまだまだ暑さが厳しい。
 暑い暑い暑い暑い。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。
 特に、熱中症にはお気をつけのほど。


 両耳の不調が続く。
 そして、目の疲れがひどく身体が重たい。


 イタリア中部で大規模な地震が発生する。
 犠牲となった方々に、深く、深く、深く、深く、深く黙祷。
 そして、これ以上犠牲となられる方が増えないことを心より願う。


 北朝鮮がまたぞろミサイルを発射した。
 本当に度し難し。
 そして、いつものことながらタイミングのよさを痛感する。


 民進党の代表選に前原誠司が出馬の方向と。
 もういいかげんにしてはどうか。
 もとより期待はしていないが、あまりにもあまりである。


 目くらましの八百長猿芝居が横行している。
 騙されまい。


 昨夕17時台に外出していくつか用件を片付けたのち、恵文社一乗寺店COTTAGEへ。
 笑福亭笑利さんの独演会「独利-HITORI-」を愉しむ。
 詳しくは前回の記事(落語記録)をご参照のほど。
 ああ、面白かった!!

 終了後、一時夕食難民となったのち、百万遍のハイライトで夕飯をすませて22時台に帰宅する。


 帰宅後、カルミナ・カルテットが演奏したドヴォルザークの弦楽4重奏曲第12番「アメリカ」<SONY/BMG>、カティア・ブニアティシヴィリが弾いたピアノ小品集『マザーランド』<同>を聴いたりしながら、落語記録を投稿したり、諸作業を進めたりする。


 2時少し前に外出するも6時台に目が醒め、7時過ぎに起きる。

 午前中、エサ・ペッカ・サロネン指揮ロスアンジェルス・フィルが演奏したバーナード・ハーマンの映画音楽集<SONY>、リカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ・フィルが演奏したニーノ・ロータの映画音楽集<同>、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第16番〜第18番<SONY/BMG>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『痾紅毛日記』の筆入れを進めたりする。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも水曜日』や、トーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」<同>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、畑野智美の『ふたつの星とタイムマシン』<集英社>を読み進めたりする。


 夕方になって外出し、仕事関係の用件を片付ける。
 その後、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。


 帰宅後、フェルディナント・ライトナー指揮バイエルン放送交響楽団が演奏したモーツァルトの交響曲第36番「リンツ」&第31番「パリ」、『レ・プティ・リアン』序曲<タワーレコード/ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、雑件を片付けたり身体のメンテナンスの予約をしたりする。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、トッパンホール室内楽フェスティバルのライヴ録音(2016年5月19日、トッパンホール)を聴く。
 モーツァルトのピアノ4重奏曲ト短調K.478、ベルク(ハイメ・ミュラー編曲)の弦楽6重奏曲、シューベルトのピアノ3重奏曲第1番などが放送されていた。

 続けて、バーナード・ハーマンの映画音楽集を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進める。


 『ふたつの星とタイムマシン』を読了する。
 SF的な味付けはありつつも、基本となるのは人と人との関係。
 ほっとするような短篇集だ。
 ああ、面白かった!


 今日も、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 10月のクリスティアン・ゲルハーヘルの来日公演が中止となった。
 せっかくチケットを買っておいたのに。
 それも、案外いい席を手に入れることができたのに。
 残念無念。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

笑福亭笑利独演会「独利-HITORI-」

☆笑福亭笑利独演会「独利-HITORI-」

 出演:笑福亭笑利さん
(2016年8月23日19時開演/恵文社一乗寺店COTTAGE)


 京都大阪で開催される笑福亭笑利さんの独演会「独利-HITORI-」のうち、京都の会のほうに足を運んだ。
 会場は、叡電一乗寺駅近くにある書店兼雑貨店の恵文社一乗寺店内のアートスペースCOTTAGEで、狭すぎず広すぎずのほどよい空間に高座が組まれていた。
 お客さんも40人ほどで満員の大盛況。
 笑利さんが日頃から親しくされているらしい若い世代の人たちに、ネオ落語・セントラルでもお見かけする人たち、そしてご年配の人たちと幅広い層のお客さんが集まっていたのだけれど、いずれの方々からも笑利さんを応援しようとする暖かい空気を感じることができた。
 と、言っても身びいき内輪受けの嘘臭い笑いとは全く無縁。
 笑利さんの笑いの仕掛けに敏感に反応するノリのよいお客さんたちで、実に心地がよい。
 また、例えばネオ落語・セントラルでの笑利さんといえば、笑いのために前へ前へ攻めていく姿勢が印象深いが、今夜は、笑いへのあくなき貪欲さはそのままに、前口上代わりのトークやマクラを含めた自作三席を通して自らの笑いや落語への想いがしっかりと語られており、まさしく「ひとり(一人、独り)」に相応しい内容となっていた。

 まず、今回の独演会のことや落語家としての自分自身について語って沸かせたところで、一席目の『鯉つかみ』へ。
 旅の途中、ある村へ滞在することになった侍と遊び人らしき男の二人連れ。
 と、遊び人らしき男のほうがひょんなことから女に誘われて、夜な夜な大魚湖(おおうおこ)なる村の大きな湖へと遊びに出かける。
 ところが、この大魚湖には…。
 という展開の、もはや笑利さんにとっては十八番といってもいい作品だ。
 肝はもちろん、市川染五郎の歌舞伎に影響されてつくったという鯉と侍の決闘の場。
 ここでは、お師匠の鶴笑さんへの敬意の念もよく示されている。
 錦湯さんでのネタおろしを皮切りに、笑利さんの『鯉つかみ』を観るのはこれで三度目だが、回を重ねるごとに、練りが必要な場所はきちんと練り上がり、逆に即興性が必要な箇所ではさらに即興性に富むといった具合に、面白さがどんどん増してきた。
 これからも笑利さんの『鯉つかみ』を愉しみにしていきたい。

 続いて、お師匠さん、そして笑福亭一門に入門したからこそ、自分自身の落語があるといったことをマクラで述べたのち、『千鳥の香炉』に入る。
 舞台は安土桃山時代末、太閤秀吉が朝鮮征伐に血道を上げ始めた頃。
 大泥棒の石川五右衛門は、ある人物の依頼を受けて伏見のお城まで千鳥の香炉を盗みに行くが…。
 と、時代劇好きの笑利さんらしいストーリー展開だが、史実に囚われることなく巧い具合に今様の崩しが入っているし、それより何より、登場人物のぎりぎりすれすれなキャラクターがとってもおかしい。
 いやあ、笑った。

 休憩を挟んだ三席目、世阿弥の言葉を引いたりしつつ今夜のお客さんへの深い感謝の気持ち(「ひとりはひとりにして成らず」)を表してから、河童と少年のひと夏の想い出を描いた新作を演じる。
 夏休み、田舎の祖父母のもとへ遊びに来た少年は本物の河童と出会う。
 祖母の言葉と違って河童はとても親切だったが…。
 夏の終わりに相応しい筋立ての作品で、大きな笑いを交えながら少年と河童の心の通い合いが語られていく。
 もちろんそこは笑利さんだけに、ちょっとした苦味があるというか、ただただ「いいお話」では終わっていないけれど。
 加えて少年と河童の姿に、笑利さんなりの線の引き方、筋の通し方を観(識)る思いもした。

 と、笑福亭笑利というひとりの落語家の今を存分に愉しむことのできた会だった。
 次回が心から待ち遠しい。
 ああ、面白かった!!

 なお、大阪での会は、8月31日に福島の八聖亭で開催される予定です(18時半開場、19時開演。前売1200円、当日1500円)。
 ご都合よろしい方は、ぜひ!!
posted by figarok492na at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語・ネオ落語記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする