2016年02月20日

帰宅直前に雨がやむ(CLACLA日記)

 雨降り。
 強い降り。
 が、そろそろ帰宅というところで雨はやみ、月まで見える。
 やれやれ。

 気温はあまり上昇せず。
 じめ寒し。
 皆さん、くれぐれもインフルエンザや風邪などにはお気をつけくださいね。


 雨の分、花粉症は出ず。
 が、気圧と湿度のWパンチ。
 やれやれ。


 イタリアの作家で文芸評論家、哲学者のウンベルト・エーコが亡くなった。84歳。
 ウンベルト・エーコというと、どうしても映画化された『薔薇の名前』、記号論ということになるか。
 ほかに、『フーコーの振り子』なども記憶に残っている。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 2017年にも、衆議院の定数10減と。
 茶番もよいところ。
 見え見えのやり口だ。


 昨夜、フォルテピアノのメルヴィン・タンとニコラス・マッギガン指揮フィルハーモニア・バロック管弦楽団が演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第19番&第18番<ハルモニアムンディ・フランス>を聴いたりしながら、3時半過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『御神酒徳利』について考えたりする。


 朝早くから、近所の工事がかまびすしい。
 月火水木金金日てな具合だ。
 度し難し。


 朝早くに起きて、仕事関係の作業を進めたり、西村賢太の『東京者がたり』<講談社>を読み進めたりする。


 11時半過ぎに外出し、206系統の市バスで京都駅へ。
 そこから近鉄で興戸まで行って、同志社女子大学へ。
 新島記念講堂で、第29回同志社女子大学学芸学部音楽学科オペラクラスによるモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』全4幕の上演(瀬山智博指揮同志社女子大学音楽学科管弦楽団他の演奏。井上敏典演出)を観聴きする。
 詳しくは、前回の記事(コンサート記録)をご参照のほど。

 終了後、近鉄で京都駅まで戻り、9系統の市バスで四条堀川へ戻る。

 で、夕飯用の買い物をすませて、19時半頃帰宅した。
 買い物中、貧相な顔をした中年女性に不快な想いをさせられる。
 やれやれ。


 途中夕飯を挟み、NHK・FMの『N響 ザ・レジェンド』を聴く。
 武満徹の特集が組まれていた。

 しばらく間を置いて、同じくNHK・FMの『クラシックの迷宮』を聴く。
 今回は「私の試聴室」で、昨年末に引退を発表したニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンが演奏したベートーヴェンの交響曲第5番のライヴ録音(他)が放送されていた。
 これはもう、鮮烈と呼ぶほかない演奏であり、録音だ。
 そして、もはやアーノンクールの実演に接することはできないのである。
 ああ。


 夕飯後、コンサート記録の下書きと投稿をしたり、『御神酒徳利』を書き進めたり、『東京者がたり』を読み進めたりする。
 『御神酒徳利』は、原稿用紙72枚分を超えた。


 今日は、ブラックサンダーを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第29回同志社女子大学学芸学部音楽学科オペラクラス モーツァルトの『フィガロの結婚』

☆第29回同志社女子大学学芸学部音楽学科オペラクラス
 モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』(全4幕)

 指揮:瀬山智博
 演出:井上敏典
管弦楽:同志社女子大学音楽学科管弦楽団
(2016年2月20日14開演/同志社女子大学新島記念講堂)


 夕暮れ社 弱男ユニットの藤居知佳子さんが花娘役で出演するということもあって、同志社女子大学の新島記念講堂までモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』の全幕公演を観聴きしに行って来た。
 あいにくの雨、それも本降りの悪天候の中、ほぼ満席の大盛況で本当に何より。
 湿度、気圧のWパンチは歌い手陣にも、オーケストラのメンバーにも辛いところだが、なべてそうしたハンディを感じさせない健闘ぶりに、まずは大きな拍手を贈りたい。

 同志社女子大学の『フィガロの結婚』といえば、学芸学部音楽学科のオペラクラスの卒業生(4年次生)をメインキャストに据えた2月、3月の恒例行事で、今年で29回目を迎える。
(なお、男性キャストは、教授講師の先生や関西二期会関西歌劇団所属のベテラン勢が演じる)
 一から自分たちで創り上げた上演、という手造り感に好感を抱いた。

 で、伯爵夫人、スザンナ、ケルビーノ、マルチェリーナの四役は声質に合わせて、幕ごと、もしくはシーンごとに4年次生が歌い分ける。
 誰がどの場面を歌うかによって、彼と我、ならぬ彼女と我の差があったように思われたし、これからオペラを生業としそうな人とそうならなさそうな人の違いも聴き受けられたが、舞台に立ってオペラを歌い演じることへの真摯さ初々しさを感じ取ることができた。
 中でも、第3幕で伯爵夫人を歌った浦山慶子(昨年7月のオーケストラ・コンサートでも接した)の声量と歌唱力が印象に残った。
 青木耕平(アルマヴィーヴァ伯爵)、井原秀人(フィガロ)、雁木悟(ドン・バルトロ)、谷浩一郎(ドン・バジリオ)、平松実留(ドン・クルツィオ)、佐藤彰宏(アントニオ。遠目だと、どじょう野田佳彦みたい)の男声陣も、そうした彼女たちをよく支えていた。

 チェンバロを兼ねた指揮の瀬山智博は、速めのテンポ設定。
 ただし、ほとんどが学部生で編成されたオーケストラのソロ、アンサンブル両面の限界を考えてか、いわゆるピリオド・スタイルを援用した強弱の変化の激しい音楽づくりは避けられていたし、男声陣も含め歌唱においても、装飾音等は加えられていなかった。
(バジリオのアリアの中で、ちょっとした「逸脱」はあったが。谷さんは爪痕を残すというか、トリッキーな役回りを美声を駆使して演じ切っていた)

 また、井上敏典の演出も、プレトークで触れられていたような社会性(革命)の芽のようなものを少しずつ仕掛けてはいたが、基本はオペラクラスの面々の歌い易さ、一定以上の水準で上演を成立させることに重きを置いたものだったと思う。
 その分、若干歌芝居としての面白さの不足、物足りなさを覚えたことも事実だが、公演の性格を考えれば充分理解はいく。
(そのことに関して、音楽大学の中で何がどこまで教えられるべきなのか? 逆に、音大生の側が学校以外の場所で何を学び取り、吸収しておくべきなのか? といったことをついつい考えてしまう。基礎の研鑚は当然学内にある。だがしかし…)
 と、記しつつ、終演後、キャストばかりかスタッフ(裏方)に先生方揃ってラストの部分を歌ったのには、じんときた。

 いずれにしても、今回の公演に参加した皆さん、特に卒業生の皆さんの今後のさらなるご研鑚、ご活躍を心より祈ります。


 そうそう、座った場所が悪くて、記録写真を撮影しているパシッパチッという音がしばらく気になって仕方なかった。
 演奏に集中しだすとそれほど気にならなくなったし、担当の人もずっとしんどそうだったので文句を言うつもりはないけれど、これは本来ゲネの際にすませておくべきことなのではないか。
 まさしく記録すべき内容だとも思うから、何がなんでもゲネですませとは言わないが。
 無料とはいえ、いや無料だからこそ留意すべきことだと僕は思う。
posted by figarok492na at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | コンサート記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする