2016年02月16日

やっぱり珍野苦沙弥は珍田捨巳の地口じゃないのか?(CLACLA日記)

 晴天。
 どんよりとした感じはありつつも、いいお天気、いい青空の一日。

 気温は上昇せず、寒さを強く感じる。
 特に、朝晩は冷え込む。
 皆さん、くれぐれもインフルエンザや風邪などにはお気をつけくださいね。


 左目の調子、芳しからず。
 やれやれ。


 世論調査で、安倍内閣の支持率が下がらない。
 誠におめでたいかぎり。

 日本銀行がマイナス金利政策を開始した。
 誠におめでたいかぎり。


 昨夜外出し、いくつか用件を片付けたのち錦湯さんへ。
 18回目となるネオ落語・セントラルを愉しむ。
 詳しくは、前回の記事(ネオ落語記録)をご参照のほど。
 ああ、面白かった!

 終了後交流会に参加したが、常連さんからチョコレート類をいただく。
 バレンタインデーの翌日ということで。
 多謝多謝多謝!!!
 そのほか、みんなに振る舞われたチョコレートやチョコ菓子、焼鯖鮨などを食す。

 その後、買い物をすませて24時台に帰宅し、早速いただいたブラックサンダーを食したりしながら、明け方5時半過ぎまでネオ落語記録を投稿したり、仕事関係の作業を進めたり、『御神酒徳利』について考えたりする。


 午前中、毎週恒例の洗濯をすませる。
 乾き、あまりよろしからず。
 まあ、仕方ない。


 お昼のごはんの際に、いただいた手造りのチョコレートケーキ(一切れ)を食す。
 濃厚な味わいで、実に美味しうございました。
 ごちそうさま!


 ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』を途中まで聴く。

 続けて、ヨエル・レヴィ指揮アトランタ交響楽団が演奏したブラームスのセレナード第1番&ハイドンの主題による変奏曲<TELARC>、フォルテピアノのマルコム・ビルソンとジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第20番&第21番<ARCHIV>を聴き、それぞれのCDレビューを投稿する。
 ほかに、スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>も聴く。


 仕事関係の作業を進めたり、『御神酒徳利』について考えたり、成澤榮壽の『伊藤博文を激怒させた硬骨の外交官 加藤拓川』<高文研>を読み進めたりする。
 『伊藤博文を激怒させた硬骨の外交官 加藤拓川』で、拓川と珍田捨巳が親しかったという記述を目にして、以前記したことがある夏目漱石の『吾輩は猫である』の珍野苦沙弥は珍田捨巳の地口ではないかという仮説がますます的外れでないような気がしてきた。
 と、言うのも拓川と漱石の間に正岡子規(拓川の甥で、漱石の親友)を置けば、二人には繋がりがあるからである。
 むろん、成澤氏が記す通り、拓川と漱石の間に面識も文通もなかったにしても、子規の弟子で拓川と同じ伊予出身の高浜虚子との雑談の中に、外務省の次官の職にあった珍田捨巳に関して、何かの拍子に「珍野苦沙弥」と地口を口にしてもおかしくないような気がするのだ。
(さらに読み進めて、珍田捨巳が正岡子規の恩人である陸羯南の親友であることもわかった。珍野=珍田説に関しては、今後も注意しておきたい)


 夕方になって外出し、京都芸術センターで用件を片付け、夕飯用の買い物をすませ、19時過ぎに帰宅した。


 途中夕飯を挟み、ABCラジオの『堀江政生のほりナビ!!』を聴く。
 谷口真由美が出演していなくて、すは干されたか、と思ったが、どうやらインフルエンザでお休みのよう。

 続けて、山田一雄指揮大阪センチュリー交響楽団が演奏したベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」他<ライヴノーツ>、山田一雄指揮新日本フィルが演奏したモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」&セレナード第6番「セレナータ・ノットゥルナ」他<フォンテック>を聴く。


 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『御神酒徳利』を書き進めたりする。
 『御神酒徳利』は、原稿用紙に換算して63枚分を超えた。


 『伊藤博文を激怒させた硬骨の外交官 加藤拓川』を読了する。
 珍野=珍田説はひとまず置くとして、いろいろと学ぶところ大だった。
 読んでおいて正解の一冊である。


 夜になって、またブラックサンダーを食してしまう。
 これ、馬鹿にできないお菓子なんですよね。
 ごちそうさま!


 ある気持ちの悪い出来事に関して、知り合いから問い合わせがある。
 もちろん、当方は全く知らないことと応えた。
 こちらは一切関係のない出来事だが、周囲の人間は一体何をしているのかとも思う。
 沙汰のかぎり。
 どう考えたって基地外の所業である。


 結局のところ、馬鹿につける薬はない。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ビルソンとガーディナーらが演奏したモーツァルトのピアノ協奏曲第20番&第21番

☆モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&第21番

 独奏:マルコム・ビルソン(フォルテピアノ)
 指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー
管弦楽:イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
 録音:1986年4月、ロンドン・セント・ジョンズ・スミス・スクエア
    デジタル/セッション
<ARCHIV>419 609-2


 フランス・ブリュッヘンとクリストファー・ホグウッドの死に、ニコラウス・アーノンクールの引退で、1980年代以降、デジタル録音の開始と基を一にするピリオド・スタイル流行の端緒を担った指揮者たちも、残るはトン・コープマン、シギスヴァルト・クイケン、トレヴァー・ピノック、ロジャー・ノリントン、そしてジョン・エリオット・ガーディナーということになってしまった。
 このアルバムは、そのガーディナー&イングリッシュ・バロック・ソロイスツとフォルテピアノのマルコム・ビルソンが完成させたモーツァルトのピアノ協奏曲全集中の一枚で、彼らの特性をよく伝える内容となっている。
 ピアノ協奏曲第20番といえば、モーツァルトの音楽の持つデモーニッシュさが強調されがちだけれど、ビルソンとガーディナーはそうしたロマン派的な解釈に傾くことなく、折り目正しい楷書体の演奏を繰り広げている。
 その分、深淵を見つめるかのような心の動きを呼び起こされることはないが、フォルテピアノの簡潔で質朴な音色には魅了されるし、管弦楽伴奏のシンフォニックな構造もよくわかる。
 その意味で、長調の第21番のほうがより演奏者の柄に合っているかもしれない。
 独奏、オーケストラともにバランスがとれて安定した出来であり、二つの協奏曲のピリオド楽器によるオーソドックスな解釈としてお薦めできる一枚だ。
 デジタル初期の録音もクリアで、演奏を愉しむという意味では問題ない。
posted by figarok492na at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヨエル・レヴィが指揮したブラームスのセレナード第1番&ハイドンの主題による変奏曲

☆ブラームス:セレナード第1番&ハイドンの主題による変奏曲

 指揮:ヨエル・レヴィ
管弦楽:アトランタ交響楽団
 録音:1993年1月16日、17日
    アトランタ ウッドラフ・パフォーミング・アーツ・センター
    デジタル/セッション
<TELARC>CD-80349


 アメリカ大統領選の候補者選びが進んでいるが、あの民主共和両党の党員集会のあり様に、どうしても本多勝一らの「アメリカ合州国」という言葉を思い出さざるをえない今日この頃だ。
 で、国家国民自体が千差万別であれば、そのオーケストラの持つ雰囲気も千差万別ということになる。
 さしずめ、ルーマニア生まれのイスラエル人ヨエル・レヴィと、アメリカ南部のアトランタ交響楽団が録音したこのブラームスのアルバムなど、その好例ではないか。
 セレナード第1番とハイドンの主題による変奏曲といえば、ブラームスの管弦楽曲の中では喜びと幸福感をためた作品で僕は大好きなのだけれど(ヴァーノン・ハンドリーとアルスター管弦楽団が同じカップリングのアルバムを、CHANDOSレーベルからリリースしている)、レヴィとアトランタ交響楽団ははしゃぎ過ぎず引っ込み過ぎず、のっそり過ぎずせかせか過ぎず、落ち着きのある「中欧的」な演奏を繰り広げている。
 例えば、レナード・スラットキンとセントルイス交響楽団にも同種の録音があるが(RCAレーベル。カップリングは異なるものの、セレナード第1番と第2番、ハイドンの主題による変奏曲、大学祝典序曲を録音)、あちらのエネルギッシュでパワフル、ぐいぐい攻めるアメリカナイズされた演奏とは好対照の内容だ。
 録音による切り貼りはあるとしても、アトランタ交響楽団はソロ、アンサンブルともにまとまりが良くて、高い水準を保っている。
 管楽器のくすんだ響きは、ブラームスにはぴったりである。
 ハイドンの主題による変奏曲の最終変奏の終盤、若干盛り上がりにかける感じもしないではないが、その抑制具合もヨーロッパ的と言えなくはない。
 TELARCレーベルらしく、鳴りと分離のよい音質で、こちらも無問題。
 何度繰り返し聴いても聴き飽きない一枚で、ブラームスをのんびりじっくりと愉しみたい方にお薦めしたい。

 そうそう、レヴィのブラームスには、現在シェフを務める韓国のKBS交響楽団との交響曲第2番のライヴ映像がyoutubeに投稿されている。
 楽曲の解釈という意味ではオーソドックスな内容で、ながら聴きにはぴったりだ。
posted by figarok492na at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネオ落語・セントラル 第18回

☆ネオ落語・セントラル 第18回

 出演:桂三幸さん、桂あおばさん、月亭太遊さん
 大喜利ゲスト:無農薬亭農薬君
(2016年2月15日20時開演/錦湯)


 ここ数日の温気が嘘のような寒さだったが、18回目となる今夜のネオ落語・セントラルは、常連さんにご新規さんと大盛況。
 特に女性のお客さんが多かった分、いつも以上に華やいだ感じがしていた。

 冒頭、あおばさんと太遊さんが近況トークで盛り上げているときに、グッドタイミングで三幸さんが登場(諸般の事情で延着)、さらに盛り上がる。

 で、まずはあおばさんが古典の『強情灸』を演じる。
 見栄を切った男が馬鹿みたく灸を据えて苦しむあたりは、粘らずすきっとした仕上げ。
 テンポのよい男同志の掛け合いが印象に残った。
 ちなみに、今夜もあおばさんは袴姿だった。

 続く、三幸さんはおなじみの新作『遺産相続』をかける。
 兄弟二人に亡き父が遺した遺言書は、相当風変わりなもので…。
 先週は弟弟子の三四郎さんの風が吹き荒れたけれど、さすがは三幸さんの「ホーム」、マクラからして盤石の笑いが起きていたし、本題に加わった新しいくすぐりにもしっかり反応が起こっていた。
 最後に、ネオはめ物を使った来年のR-1をにらんだネタを披露。
 これまた、おかし。

 トリは、太遊さんのネオラクゴ・ラップ落語(らぷご)のネタオロシは、『ひふみ園の死闘〜いればいいのに〜』。
 ひきこもりをやめて家を出たアマリリクは、老人介護施設を訪ねてラップを歌わせてもらうことになるが、そこには思わぬ強敵がいて…。
 先週からスタートした「らぷご」シリーズだが、太遊さんのラップへの熱の入りようがよくわかる作品。
 韻を踏むのは当たり前、それがメッセージ性を持っているのも本来のラップに沿ったものだろう。
 もちろん、そのラップが笑いにしっかり繋がっているから「らぷご」であり、太遊さんの言語感覚に感心しつつ大いに笑った。
 「らぷご」、ますます愉しみだ。

 最後は、久方ぶりの無農薬亭農薬君を加えた大喜利。
 太遊さんの仕切りで、「メルヘンチックな泥棒が残したもの」であるとか、「お昼過ぎにわかる嘘」といった作家の桜井さん(今夜はお休み)考案のお題に三人が名答珍答を繰り出していた。
 無農薬亭農薬君の不気味さすら感じる一筋縄ではいかない解答や、三幸さんのかろみのある解答も面白かったが、太遊さんとのやり取りも含めてあおばさんが健闘奮闘していた。

 と、今夜も盛りだくさんのネオ落語・セントラルでした。
 ああ、面白かった!

 そして終了後はいつものように交流会が催されたが、バレンタインデーの翌日ということで常連さんよりチョコレートなどをたんまりいただいた。
 多謝多謝多謝。

 かくの如く、嬉しいことも盛りだくさんのネオ落語・セントラルに皆さんもぜひ!!!
posted by figarok492na at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 落語・ネオ落語記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする