2015年09月28日

またぞろかまびすしい(早めのCLACLA)

 晴天。
 いいお天気、いい青空が続く。

 気温も上昇し、日中は暑さを覚える。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 胡散臭さ、きな臭さにもっと敏感でありたいと思う。
 ますます目くらましの八百長猿芝居が横行していくだろうから。


 昨夜、内田光子が弾いたシューベルトのピアノ・ソナタ第15番「レリーク」&第18番<PHILIPS>を聴いたりしながら、3時半過ぎまで仕事関係の作業を進める。
 ここのところ、なんとか3時台に就寝している。


 朝早くに起きて、仕事関係の予定をすませる。


 真向かいのマンション横のボロ家(以前のボロ家とは別)の工事が始まって、実にかまびすしい。
 かまびすしいばかりか、アスベスト(石綿)粉塵を撒き散らしているのではないかと心配でもある。
 度し難し。


 午後、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団が演奏したブルックナーの交響曲第5番<DECCA>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 その後、セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルが演奏したブルックナーの交響曲第7番<SONY>、アントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第8番「ザ・グレート」<SONY/BMG>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『勝呂又吉のこと』について考えたり、エリック・ライディングとレベッカ・ペチェフスキーの『ブルーノ・ワルター』<音楽之友社>を読み進めたりする。
 『ブルーノ・ワルター』のナチス台頭の部分を読みながら、どうしても今現在の日本について考えざるをえなかった。

>誰もができる限りにおいて、その人の義務と関心事と楽しみを追及していた。
 教授たちは講義とゼミナールを行い続けたが、それは国の難事とはまったく関わりを持っていなかった<
 同書に引用された、トーマス・マンの子息で歴史家のゴロー・マンがナチス台頭時のドイツについて記した言葉。


 今から外出して用件を片付けたのち、錦湯さんへ行く予定なり。
 今夜もネオラクゴ・フロンティアだ。

 それじゃあ、行って来ます!
posted by figarok492na at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クリストフ・フォン・ドホナーニが指揮したブルックナーの交響曲第5番

☆ブルックナー:交響曲第5番

 指揮:クリストフ・フォン・ドホナーニ
管弦楽:クリーヴランド管弦楽団
 録音:1991年1月20日&21日、クリーヴランド・セヴェランス・ホール
    デジタル・セッション
<DECCA>433 318-2


 振り返ってみれば、1980年代末から90年代半ばにかけては、CD録音の爛熟期だった。
 そうした中で、今でもファーストチョイスに推薦するに足る数々のCDが残された反面、何ゆえこういった企画にOKが出されたのかと理解に苦しむCDも少なくはない。
 クリストフ・フォン・ドホナーニとクリーヴランド管弦楽団、ゲオルク・ショルティとシカゴ交響楽団、さらにはリカルド・シャイーとベルリン放送交響楽団&ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団によって同時並行的に進められた、DECCAレーベルによるブルックナーの交響曲録音など、どちらかといえば後者に傾くのではないか。
(DECCAレーベルでのブルックナーの交響曲録音にはほかに、ヘルベルト・ブロムシュテットとサンフランシスコ交響楽団による第4番「ロマンティック」、第6番、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による第9番もあった。上述した一連の録音の中では、ブロムシュテットこそもっともスタンダードな解釈による演奏となったはずで、このシリーズが頓挫してしまったことは少し残念だ)

 で、今回取り上げるブルックナーの交響曲第5番といえば構成の堅固さで知られていて、当然の如くドホナーニもそうした作品の特性に充分配慮を行っている。
 ただ、例えばギュンター・ヴァントとベルリン・フィルの演奏のような細部の細部に至るまで徹底して分析された目の詰まった感じに欠けることは、残念ながら事実だ。
 また、第1楽章をはじめ、ところどころ前のめり気味になる箇所はありつつも、激しくいききることはなく、適度に抑制が利いてしまう。
 喩えていうなら、本来100点を連発することのできる人間が手抜きをしたのでもなく、逆にいつも赤点ばかりの人間が刻苦勉励奮闘努力をしたのでもなく、常日頃コンスタントに82点をキープし続けている人間が今回もまた安定の82点をとったという具合になるだろうか。
 と、いって、それじゃあ聴いて損をする演奏かというと、実はそんなこともなくて、早いテンポでささっと音楽が進められていく分、重さだるさを感じることはないし、それより何よりクリーヴランド管弦楽団が達者だ。
 おまけに録音もクリアで、CDとして聴く分にはもってこいの演奏である。
 中でも、ブルックナーの交響曲というものに思い入れやこだわりのない方には、大いにお薦めしたい一枚。

 そうそう、このCDを聴いていて思い出した。
 ドホナーニとクリーヴランド管弦楽団の実演(1990年5月24日、ザ・シンフォニーホール)に、僕は接したことがあったのだ。
 当時同じ組み合わせの録音を愛聴していたドヴォルザークの交響曲第8番のほか、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』とスティーヴ・ライヒのオーケストラのための3つの楽章がプログラミングされていたが、クリーヴランド管弦楽団の達者巧さは実感したものの、演奏そのものに面白さを感じることは正直できなかった。
 あれはまさしく、録音と実演の違いを思い知らされたコンサートだった。
posted by figarok492na at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | CDレビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする