2015年09月10日

北村薫の『太宰治の辞書』を読み始めた(CLACLA日記)

 青空は見えつつも、どんよりとした感じも強し。

 気温はだいぶん下がってきた。
 湿度が高い分、じめじめしていたが。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 独善偽善の輩どもが傲慢不遜のかぎりを尽くしている。
 なんでも思い通りになると思っていたら大間違いだということを、連中に思い知らさなければなるまい。
 そのためにも、物覚えを良くしておかなければ。


 昨夜、KBS京都でAKB48のオールナイトニッポン(小嶋真子、内山奈月、中西智代梨の出演。小嶋姓が多いような気がするな。まあ、ABCの乾率の高さに比べればまだそれほどでもないか)を聴いたりしながら、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。


 午前中、仕事関係の予定をすませる。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』や、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィルが演奏したエルガーのエニグマ変奏曲他<ドイツ・グラモフォン>、アンドルー・デイヴィス指揮BBC交響楽団が演奏した同じくエルガーの交響的習作『ファルスタッフ』&演奏会用序曲『フロワッサール』他<TELDEC>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『勝呂又吉のこと』を書き進めたりする。


 岡崎武志の『上京する文學』<新日本出版社>を読了する。
 東京と「上京者」たちの関係を、彼彼女らの作品から読み解いていった一冊。
 中には、東京生まれの夏目漱石や向田邦子も含まれているものの、地方出身の文学者たちがメインとなっている。
 そういえば、寺山修司の章で早稲田大学の同級生山田太一との親しい関係が記されているが、今日の朝日新聞の夕刊に二人の往復書簡が山田さんの編集で書籍として公開される旨報じられている。
 興味深い。


 続けて、北村薫の『太宰治の辞書』<新潮社>を読み始める。
 いわゆる「私と円紫さんシリーズ」の最新刊だが、一篇目の『花火』には、円紫さんは登場しない。
 今ではベテラン編集者の域に入った「私」が、ある出来事から、ピエール・ロチの『日本印象記』やそれを下敷きとした芥川龍之介の『舞踏会』、さらにはその『舞踏会』を高く評価した三島由紀夫へと考えを進めていく、文芸論的色合いの濃い小説だ。
 もちろん、そうした作品の鍵となる部分と、「私」が重ねてきた時の流れ、このシリーズの時の流れが見事に重なり合っていることも忘れてはならないのだが。
 なお、作中では触れられていないが、三島由紀夫の戯曲『鹿鳴館』は、影山伯爵の次の台詞で幕を下ろす。
>耳のせいだよ。それとも花火だ。そうだ、打ち上げそこねたお祝いの花火だ<


 ほかに、林光さんの『私の戦後音楽史』<平凡社ライブラリー>の拾い読みもした。
 ちなみに、この著書の中で若き日の親しい交流が記されている浅利慶太だけれど、彼が劇団四季で『鹿鳴館』を演出上演した際に音楽を担当したのは、林光さんだ。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルが演奏したエルガーの交響曲第1番<PHILIPS>を聴いたりしながら、雑件を片付ける。


 夕飯後、ベルナルト・ハイティンク指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏したエルガーの交響曲第2番<EMI>、マッジーニ・カルテットが演奏した同じくエルガーの弦楽4重奏曲&ピアノ5重奏曲(ピーター・ドノホーのピアノ)<NAXOS>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『勝呂又吉のこと』を書き進めたり、『太宰治の辞書』を読み進めたりする。
 『勝呂又吉のこと』は、原稿用紙に換算して36枚分を超えた。
 この小説は、僕が大嫌いなあいつやこいつをこねくりまとめ上げた人物を描いたものとなる予定。
 『太宰治の辞書』は、太宰治の同名の作品とそのもととなった有明淑の日記について考察した『女生徒』を読み終える(シリーズ・レギュラーだった正ちゃんも登場)。
 そして、書き下ろしの『太宰治の辞書』で真打ち登場である。


 今日は、オイシスのスイスロール・抹茶風味を食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 抹茶クリームのロールケーキで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 真向かいのマンションに、挙動不審な人物が引っ越してきた。
 うざったいや!


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
posted by figarok492na at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | CLACLA日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする